第3歩目 勇者、人助けをする
第23話 勇者、錯覚する。
◇
翌朝、下宿先のロビーで再び顔を揃えた俺たちは、これから話を聞きに行こうとしている酒場用心棒クエストについての軽い打ち合わせをしながら、俺の持参した手作りサンドを頬張る。
話が一段落したところで、目を瞑り、心底美味そうな顔でサンドを堪能する王子と、王子の手前のせいか俯いて大人しくサンドを頬張るアリア。
なお、昨晩はアリアが俺の部屋に一人で泊まり、俺が王子の部屋の床で寝た。
まあ、いくら中身が男だとはいえ、外見は絶世の美女だからな……。当然の配慮といえばそうなんだが、自分の国の王子と一つ屋根の下に寝ることになるだなんてそんな不躾が許されていいものかと再三頭を抱える俺に、そもそもその部屋割りを提案したのは王子本人だった。おかげで夜遅くまで王子のキャットファングの話に付き合わされる羽目になり、すでに体力も限界だった俺はいつの間にか寝落ちして王子の目の前でイビキをかきながら爆睡するという醜態を晒したことはいうまでもない。
王子の計らいにより今日にも同じ下宿先にアリア用の新しい部屋が用意されるそうだから、この胃が痛くなりそうな部屋割りが二夜連続……とはならずに済みそうで心底ホッとしている。
「いやでもまさか、噂の怪しげヒーラーマンがマジモンの王子とはねー。コーハイくんの引きの強さには惚れ惚れするわ♡」
などとどうでもいいことを考えていると、俺の目の前の席にいたシド先輩(余談だが彼だけ下宿先が別である)が、身分を明かした王子の顔をチラ見しつつ、呑気にけらけらと笑った。
「怪しげとは失敬な。まあ、格好が格好だからそう思われても仕方がないがな」
ちょっと不満げに口を尖らせる王子。いや、シド先輩は外見のことじゃなく確実に能力について言ってるんだと思うけどな……と、突っ込もうとしてやめた。だってほら、相手は一応王子だし。
「あ〜、まあ、確かにその格好、顔を隠すためとはいえ逆に目立つっすよね」
俺が王子のフードとマスクを目で指しながら適当に話を合わせると、
「おー、それなら……」
と、シド先輩が制服のポケットから何かを取り出した。
「てれれっててー。通信機つき地味変イヤカフゥ♪」
クッソ雑な効果音と共に出てきたのは、小さめのシルバーリングがついたイヤカフが二つだ。
「……?」
「む?」
「……」
顔を見合わせる俺と王子、白けた目を向けるアリア。相変わらずふざけているように見えるシド先輩は、鼻歌を歌いながらそのイヤカフを王子とアリアの目の前に差し出した。
「はいこれ」
「なんだ? 耳輪か?」
「そ。俺が趣味で作った秘密道具♡ 街中で売ってる市販の通信機イヤカフに、ちょちょっと魔改造を加えて魔道具っぽくしたって言ったら早いかなー。それをつけてると、素顔が地味に変化して見えるっつー優れモノなんだよねー」
「え」
「む。そいつはすごいな」
「なっ⁉︎ 効果もすごいっすけど……シド先輩、魔道具なんて作れるんすね⁉︎ 転職前は職人っすか⁉︎」
「残念ー♡ これはあくまで趣味の領域な? パーティー組むんなら余計な面倒事抱えたくねーし、誤魔化せるもんは誤魔化しておいたほうがベターっしょ? ってわけで、何かと目立ちそうな身分の二人にそれやるよ」
「ありがたいが、本当にそんな効果があるのか?」
「俺はそんな非現実的な話、信じねーぞ……」
シド先輩からイヤカフを受け取った二人は、半信半疑で耳にそれをつける。するとどうしたことか、それまでルイス王子と大聖女セレンでしかなかった二人の容貌は、他人の空似レベルでなんとなく違う骨格の人物に見えてきた。
「あ、あれ……? 王子とアリア……すよね?」
「おお。俺のようで俺ではない」
「うわっ。なんだこれ。セレンちゃんの顔……っぽいけどそうじゃない!」
鏡を覗き込んだ二人も、側から見れば意味不明であろう台詞を溢しつつ、同じように首を傾げている。どうやら確かに効き目があるようだ。
「どお? 使用者の見た目を幻惑に包んで、まるで他人の空似のような外見に錯覚させるってだけの装備なんだけど、なかなか手頃だしいいでしょ?」
「うむ。なかなか良いではないか」
「……ま、まあまあ使えそうだな」
「人目の多い街中歩く時なんかはマスクの代わりにソイツをつけとけばいい。ただ、あくまでも『単なる目の錯覚』みたいなモンだから、長時間……そうだな、元々の耐性にもよるけど半日も一緒にいて間近で顔を見続けていれば徐々に目が慣れてきて普段通りの姿に見えてくるはず。メンバー内での誤認を回避できる反面、敵を欺く必要がある時なんかは注意が必要ってわけね」
「うへえ。すげー」
「そうか、恩に着る」
「……ふん、殿下にご迷惑おかけするわけにはいかないし、仕方ねーから使ってやる」
「約一名、素直じゃねーな? ……まあいいか。あ、そうそう、ついでだからコーハイくんにはこっちね。単なる通信用のイヤカフ。俺もコーハイ君と同じのをつけるし、この四体のイヤカフはリンクさせとくから、カフに手を当てて話せば普通の通信器具としても使える。マジで優れモノじゃね?」
べべーんと弦楽器を鳴らしながら陽気にいうシド先輩。いやまじで吟遊の〝吟〟の字もないところで活躍を見せてくれたわけだが、今回に関しては本気で優れものすぎる発明品? を提供してくれたので、俺は素直に褒め讃えることにした。
「いやマジで天才じゃないっすか。先輩、ヴァリアント発明賞獲れるっすよ!」
無論、王子も神妙に頷き、
「これは確かに良い品物だな。正体を知られるのも面倒だし、かといってマスク姿は何かと暑苦しくて敵わなかったからな。……よし、後ほど褒美をとらそう」
「イエーイ、今月の生活費ゲット〜♪」
シド先輩が嬉しそうに弦楽器を弾く。
「……」
ただ一人、アリアだけが始終浮かない顔をしているように見えたのだが、それは果たして気のせいなのだろうか。
考えてもよくわからなかった俺は、その全てをイヤカフの錯覚のせいだと思うことにした。
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