第21話 勇者、のっぴきならないBL事情に直面する。
「構わん。口調も普段通りでいい。……続けろ」
王子に促され、アストリアは赤面した顔を伏せながらも、冷静さを取り戻してその先を続ける。
「はっ。……それで、彼女に連れられて聖域の森に出向いたところ、彼女の傍らには見慣れない女の顔があり、ソイツが悪しき『魔女』だと気付いた時には身構える間もなく、古代魔術によって大聖女セレンと騎士である俺の、『魂と体』を入れ替えられてしまったんです」
「……ふむ」
「後に知ったことですが、大聖女セレンはずっと、生まれついた宿命のせいでその道を辿らざるを得なかったことに……『聖女』という荷の重さに……悲観的な日々を送っていたようです」
「なるほど。早い話、その女は『脱・聖女』を望んでいたというわけだな?」
「はい。元々彼女は、自分を世話する聖女付きの神官に恋をしていたようで、聖女として純潔を守り続けなければならないこと、また、このままではその神官との恋を成就させられない運命にも嫌気がさしていたようなんです。そこで、なんらかの形で出会っていた悪しき魔女に魂を売り、他者との体の入れ替えを提案され、それに飛びつき、
一気に喋ったかと思えば、核心に触れるあたりから妙に萎んだ声で振り絞るように告白するアストリア。
そりゃそうだろう。ずっと恋焦がれていた相手に意味深に呼び出されたかと思えば、他に好きな男がいると知り、挙句に体まで乗っ取られるとは……察するに余りある。
だがここで――。
「ふーん。まあそこまではなんとなくわかったけどさ。なんでアンタなの?」
「……う」
「たしか『聖女付きの神官』って、邪悪な力から聖女を守るべく〝神聖な力を持つ男〟がなるモンでしょ? ってことはその相手の神官もおそらくは男のはず。体を乗っ取るならさ、なにも王国騎士だっていうアンタみたいな屈強な〝男〟にしなくたっていいと思うし、もっと他に、手頃で良い〝女〟とかいたんじゃねえの?」
と、シド先輩がまるで傷口を抉るように、配慮のかけらもなくツッコミを入れ始めた。
ハラハラする俺。だが、王子は至って冷静に判断しようと彼女――いや、彼か――の回答を待つ。アストリアは屈辱的な表情をしたまま答えた。
「聖女である彼女は出会いの場が限られています。幼馴染の俺以外に目ぼしい人物がいなかったか、あるいは……」
「あるいは?」
「その……」
「なにもったいぶってんの♡ 何か心当たりあるんじゃねえの?」
「……」
王子の視線に気圧され、尚且つシド先輩の茶々に後押しされて屈するよう、アストリアは正直に告白する。
「彼女が恋していた神官というのが、俺と彼女のもう一人の『幼馴染』でもあり、俺の親友でもあった男なんです」
「へえ? アンタと聖女と神官の三人が、同じ故郷の幼馴染だったってわけね?」
「ああ、そうだ。俺は
「あー♡ あれね。アンタは親友のこと男としてしか見てなかったけど、
言い渋るアストリアを遮って、爆弾発言をぶん投げるシド先輩。核心を突かれた瞬間、アストリアは噴火した火山のように赤面しつつ頭を抱え、取り乱し始めた。
「ンアアアアアアアア言うな、言うなアアアアアア! だってアイツそんなそぶり一度だって見せたことねえし!! 考えたことだってなかったし!!! 俺が一番動揺してるっつうんだよ!!!」
「うははは。いやイイんじゃね?? 女が少なくなった今の時代、別に不思議なことじゃねえしなかなか熱い展開じゃん♡ ってことはだ。今頃
「ぐっっっ、き、貴様、それ以上言ったら……」
「しかももう二週間も経つんしょ? 神官→お前 ≒ 聖女(外見/お前)→神官=一応両思い? ……あーコレ、もう確実にヤってるわ♡」
「やめろおおおおおお! 皆まで言うなあああああ!!」
顔を真っ赤にしたまま苦悶の表情でのたうち回るアストリアを、ここぞとばかりに弄ぶシド先輩。
俺はもう高次元のやり取りに理解に努めるのが精一杯でただただ引き攣った笑いをこぼし、王子はというと。
「ふむ。なるほど。そういえば騎士団内で謎の失踪をした者がいて、今、内々に捜索中だという話は風の便りで聞いていたな。滅多に城へは帰らんから、適当に聞き流して放置していたが……それが
一人、納得気味に頷いている。
「……ううっ。中身が違うといえど、俺の本体は部外者と逃亡中の身……国に忠義を尽くすと誓った者としてあるまじき失態……ヴァリアントにも陛下にも殿下にも団長にも騎士団にもご迷惑をおかけして俺はもう……っ」
「逃亡中っていうか駆け落ち中だよね〜? 任務放棄して四六時中親友とネンゴロとか罪深い男だな♡」
「うわあああっ」
シド先輩が茶々を入れるたび、激しく取り乱して悶絶するアストリア。もはや完全にシド先輩の玩具だ。
「ま、まあまあシド先輩……! いやぁでも、これで不可解な言動の謎が解けたじゃないっすか! 俺たちに対して敵意を剥き出しにしていたのも、好きな相手に遠慮して風呂に入らなかったのも、色素が違うのも……ってそれは呪いの魔法の影響なのかな?」
「あー、それは古代魔術の影響で間違いねえな。術式次第だけど、入れ替える際に魂だけでなく色素も一緒に移転するってパターンがあるはずだから」
「そうなんすか……ってか、ずいぶん詳しいっすね、シド先輩」
「何言ってんのこれぐらい一般ジョーシキっしょ?」
「え⁉︎ そうなんすか⁉︎」
驚く俺を見て、ニヤニヤしている先輩。いやこれは絶対、からかわれているだけに一票……。
そんなやりとりを交わす俺たちを尻目に、アストリアは全てを認めるように白状した。
「自分で言うのもなんだけど、こんなに可愛い外見だから逃走中も色々あったし、信じていた幼馴染に裏切られたショックで、だいぶ人間不信になってたっつうか……いやそこは今もだけど、でもそれは単なる言い訳だな。数々の非礼、面目ない」
王子の手前だからか、妙にしおらしく詫びるアストリア。でも、そのお辞儀は確実に俺にだけ向けられていた。シド先輩にはあまり悪いと思っていないらしい。
「あ、頭をあげてくださいよ。そんな事情があったんなら仕方ないと思うし……ねえ、王子?」
「……なるほどな」
なんだか妙に憐れに思えてきちゃって、救いを求めるように王子を見る俺。
王子は腕を組み、ただ黙って俺たちの話を聞いて、冷静に思案しているようだった。
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