第20話 勇者、聖女の成り行きを見守る。
◇
「え? え?? え???」
「……?」
戸惑う俺と、突然のことに首を傾げる王子。
シド先輩はさも『面白くなってきた』とでもいうような表情で、王子と彼女の成り行きを見守っている。
王子は咀嚼していた肉料理をごくりと飲み込んだ末、不思議そうに尋ねる。
「誰だ?」
「あ、えっと、彼女はその、」
「俺です。アストリア・シュトラールです」
俺が答えるよりも早く、自分の名を告げる彼女。
あれ?『大聖女セレン・ミランダ』じゃないっけ……と疑問に思いつつも、ようやく彼女が口を割ってくれたので、余計な口出しはせず黙って見守ることにする。
「アストリア・シュトラール……?」
「はい」
「俺が知っているアストリアは、王国騎士団の〝紅き
「……っ。そ、それは……」
懐疑的な眼差しで見つめる王子。彼女が返答に困り口をまごつかせていると、それまで黙ってやり取りを見ていたシド先輩が、口を挟んだ。
「『呪われた古代魔法』で中身が入れ替わった……か?」
「え?」
「……!」
とんでもない言葉が飛び出してきたぞと動揺気味に彼女の方を見ると、彼女も驚いたように目を見張っていた。王子は興味深そうに「ふむ」と唸って、シド先輩の方に向き直る。
「『呪われた古代魔法』……文献で読んだことがあるぞ。だがそれは『魔女』のみに許された禁断の魔術であったはず。それをキミ……えっと、誰だったか」
「吟遊詩人のシドくんです♡」
「そうか。シド。キミは彼女、あるいはうちの騎士団のアストリアが魔女に会い、なんらかの理由で中身を入れ替えられてしまった、と言いたいのか?」
「そー。でないと、あらゆる疑問に説明がつかねーもん」
「なるほど……」
王子は一旦頷き、なにやら逡巡する。そうしてから今一度跪く彼女の方に視線を投げ、王家を思わせる威厳のある声色で尋ねた。
「信じる信じないかは別として、一旦話を聞こう。……女、どうなんだ?」
「……。その男の言うとおりです」
一瞬、躊躇いながらも、苦渋の表情でそう認める彼女……いや、『アストリア』ってヤツなのか?
シド先輩は納得するように頷き、俺はもうなにがなにやらと盛大に困惑しつつも、王子や彼女の顔を見比べて必死に理解に努める。
「そうか。では、いったいなにがどうなってそうなったというのだ?」
「俺は、大聖女セレン・ミランダとは故郷の幼馴染なんです」
王子からの問いに、ソイツはようやく腹を割ったように全てを告白し始める。
「ふむ」
「俺はずっと彼女に想いを寄せていました。騎士団に入り、聖騎士を目指そうと思ったきっかけも彼女です。大聖女となる彼女を娶れるのは、英雄と呼ばれる『選ばれし聖騎士』だけですから。ただ……無論、それはあくまできかっけに過ぎない話で、国への忠誠心に偽りはありません」
「……ふ。動機などどうでもいい。むしろ正直でいいじゃないか。続けろ」
「はい。紆余曲折がありヴァリアントに忠誠を誓ってからも、彼女のことは心の片隅でずっと想い続けつつ、騎士として俺は、着々と功績を積んで副団長にまで昇り詰めました」
「ああ。アストリアの活躍は噂には聞いている。我が国のために命を賭し、ずいぶん勇猛な活躍を見せてくれているらしいな」
「殿下からそのような誉れ高きお言葉、恐悦至極にございます。しかしならヴァリアントのためには当然のことをしたまで」
「謙遜しなくていい。と、まぁその点に関しては一旦脇に置こう……本題を続けてくれ」
「……はい。そうした俺の働きが騎士団内でも認められ、『騎士』から『聖騎士』へのクラスチェンジの話が上がり、聖なる力を授かる儀式を控えていた約二週間ほど前、事件が起きました」
頭を垂れたままのアストリアは、そこで一旦言葉を区切り、強く唇を噛み締めた。
憤りのためだろうか。腿に乗せた手が震えている。
「聖騎士になるために必要な『聖なる儀式』は、殿下もご存知の通り『聖域』で行われます。身を清めるために早めに聖域入りした俺は、想い人であり幼馴染でもある聖女、セレンと再会しました」
「……ふむ」
「喜びを噛み締める俺に、彼女はその……『久しぶりだし二人きりで話がしたい』と申し出、俺自身断る理由などないし、話を聞くだけならばと思って、それに応じたのですが……」
「本当にぃ〜? 本当に『話を聞くだけなら』とか思ってた〜? それだけ片思いしてたんなら、本当は『あわよくば……』とか、下心抱いちゃってたんじゃないの♡」
「うっ、うるせえ女顔っっ! 『王国騎士』としての俺はちゃんとしてるし身の振り方も弁えてるっっ。そっ、そんな不届で破廉恥な考えっ……」
溜まりかねず茶々を入れるシド先輩に、アストリアは顔を真っ赤にして反撃する。
「……あ」
しかしすぐさま目の前の王子の存在にハッとして、すごすごと畏まった姿勢に戻っている。
「もっ、申し訳ありません、殿下の御前だというのに私としたことが……」
もそもそと非礼を詫びるアストリア。王子はそれを見て、愉快そうにくつくつと笑っていた。
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