第19話 勇者、世話を焼く。

 ◇



「ふぅ。なんだかすごい子拾っちゃいましたね」


 彼女が食い散らかした食器を片付けながら、どっと息を吐き出す俺。


 食卓の椅子に座って小型端末機ポータブルスクリーンを弄っていたシド先輩は、面白がるような口調でポツリとこぼした。


「確かにアンタ……俺といい、あの女といい、すげえ〝引き〟だと思うわ」


「……?」


「いやこっちの話。んで、ちょっと調べてみたけど、あの女が大聖女〝セレン・ミランダ〟だっつうのは確実みたいだな」


 そう言って、こちらに操作していた端末の画面を差し出す先輩。そこには、今より二週間くらい前の社会記事で、大聖女〝セレン・ミランダ〟がとある大儀式の直前に失踪、あるいは何者かに連れ去られたか? というショッキングな見出しが写真付きでデカデカと載っていた。


 その写真には、淡いピンクゴールドカラーのストレートヘアを胸下まで垂らし、色白の肌にヴァイオレットカラーの優しそうな瞳、そしていかにも穢れを知らなそうな清廉な顔つきの美しい少女が、修道服に身を包み、祈りを捧げるようにして映っていた。


 今風呂に入っている彼女のフードの下には、こんな清らかそうな容貌の美女が隠れていたのかと思うと、なんとも複雑な心境になってくる。


「やべ……めっちゃ可愛いんすけど」


「まあ確かに、詐欺かってくらいに聖女顔で映ってんな」


「本来の彼女の姿はコッチなのかもしれないっすよ!」


「都合のいい脳内変換だな。キミ、女に騙されるタイプっしょ」


「騙されるもなにも、そもそも若い女に関わった経験すらないっすからね」


「得意げに言うことじゃねえけどなそれ」


 キリッとした顔で親指を立てた俺に、呆れたような半笑いを浮かべるシド先輩。


 俺の女遍歴はともかくとして、でもだったら……と、俺はより一層頭を悩ませる。


「うーん。でもだったら、どうしてあんなに荒っぽい感じになっちゃったんだろう。逃走、あるいは失踪? している間に、よっぽどのことがあったのか」


「さてねえ。そこをうまく聞き出せればオトシマエもつけやすいんだろうけど、今のところ俺らの信用はゼロだからな」


「そうっすね。明らかに敵意剥き出しにされてますからね。果たして彼女が口を割ってくれるかどうか……」


 と、腕を組んで頭を悩ませていたところ、バスルームの扉がガチャリと開き、俺のブカブカな洋服を身に纏った彼女が、湯気を漂わせておずおずと出てきた。


「……!」


「……」


 燃え盛るように赤い髪に、凛々しい輝きを湛えたアンバーカラーの瞳。今しがた見つめていた写真とほぼ同じ外見をした美女が、少し熱ったような白肌に鼻血を垂らしながら出てきた。


「つかなんでソコで鼻血出してんだよ」


 すかさずシド先輩が突っ込むと、


「うるせえ。極力見ないようにはしたけどでもこんな極上の裸見たら誰だって鼻血出すに決まってんだろ⁉︎」


 ぐわっと般若の形相で意味不明な反論する彼女。


「いや意味わかんねえし自分の裸を極上とか言っちゃうやべーヤツ(笑)」


「お前今カッコ笑いつけただろ⁉︎」


「まあまあまあ二人とも、落ち着いてくださいってば! シド先輩、そこにあるタオルとってください! ほらキミも、カッカしてないで鼻血拭いて!」


 五人の弟たちの世話を焼いていた頃と変わらない調子で喧嘩を諌め、テキパキと二人を離れた位置に座らせる。シド先輩から放り投げられたタオルで美女の鼻血を拭ってあげつつ、マジで俺、年頃の男子で美女を前にもっとこうカッコ良いところを見せたいはずだったのに、なんでこんなオカンみたいな事してんだろうって少し悲しい気持ちになってくる。


「……」


「……」


 いやでもマジで可愛い。直視できねえな……とか、そんな煩雑な気持ちを抱えたまま鼻血が拭い終わると、むくれたようにそっぽを向いて押し黙る彼女の元を離れ、シド先輩のそばに戻った。


「(やっぱり、ちょっと雰囲気は違うけど画像通りの子でしたね)」


 俺はまるで親分に報告する子分のような気持ちで、シド先輩に耳打ちする。


 シド先輩は食卓に頬杖をつき、なにやら思案しているような顔で答えた。


「(まあな。だが、ちょっとっつーよりだいぶ変じゃね? 骨格は同一人物っぽいけど色素が違う)」


「(そうすね……。色が違うだけで人間だいぶ変わって見えるもんなんすね)」


「(変わって見えるだけ、じゃなく、実際に変わってんのかもしんねーぞ)」


「(……へ?)」


「(確かそんな古代魔法があったはず。見た目は一見同じ。でも色が違う、中身も違う、といえば思いつくのは……)」


「(……????)」


 シド先輩って普段ふざけまくってるくせに、時折すげえ嗅覚だなと思う瞬間がある。


 ほら、彼女に『白魔力の匂いがしない』って言った時とか。俺には微塵もわからない感覚だったので、もしかしたら前職はそこそこ勘の働く職業についていて、色々知識を持っている人なのかもしんねえな……って今さらながら思ったりもした。本当になんとなくだけど。


「おい。なにコソコソ話してんだよ」


「あ、いや……」


 なんてどうでもいいことを考えていたら、美女にがっつり睨みつけられた。


 俺が慌てて取り繕おうとしていると、シド先輩がしれっとした口調を挟んだ。


「んなもん決まってるっしょ。アンタがいったい何者なのかって話してんだよ」


「ちょ、シド先輩っ」


「……」


「人に世話焼かせるだけ焼かせて肝心のところはむっつりとか。んっとに調子いいよねー。答えらんねーの? それとも答えたくねーの? どっちなの?」


「うるせえ。お前らには何も話す気がねえ」


「ふーん、そう。ならやっぱり問答無用でこのまま『聖域』に突き返すしかねえな」


「なっ。ふざけんな! あそこに連れ戻されちまったら、俺やセレンちゃんは……っ」


「なに言ってんの。〝セレン〟はキミでしょ?」


「……っあ」


「白魔力の匂いもしない、振る舞いも全く聖女らしくない、なんか色が違う、〝俺〟」


「……」


「いったいキミは誰なの?」


 と、シド先輩が逃げを許さない姿勢で、相手を追い込もうとした時だった。


 ガチャリと部屋のドアが開き、見知った顔が姿を現す。


「すまん。遅くなったな」


 銀色の髪を靡かせ、颯爽と部屋に入ってきたのは、言わずもがな制服姿の王子だ。


「あ、来た」


「ん?」


「……っ」


 このギスギスした空気をぶち破ってくれそうな助っ人がきてくれたことで、安堵したように席を立つ俺。美女は新たな仲間の登場に、慌てて後退って身構えていた。


 王子は警戒するよう自分を睨んでいる美女を見て、首を傾げつつも「よう」と、まるで空気を読まないラフな挨拶を交わし、次いで食卓に座るシド先輩に視線をやってから、しれっとその隣に座る。


「ふむ。お前か、新しく仲間になった〝男〟というのは」


「おー。ってか誰よ?」


「ヒーラーのイルだ。よろしく頼む」


「出た♡ 〝一応〟ヒーラー〝っぽい感じの〟ヤツ」


「おいアッシュ。俺の役割、どんな説明をしたらそうなるんだ」


「す、すんません王子……他に言いようがなくて」


「呼び方……。まあいい。それより美味そうな料理だな。どこの一流シェフに頼んだんだ?」


「いやそれ、俺の手料理っす」


「なんだと。お前、なかなかやるな」


 そう言いながら、目の前の揚げ肉料理を手で掴んで口の中に放り込もうとする王子。


 やはりいつものごとくマスクを外し忘れて、肉がマスクに引っかかっている。その一部始終を、美女は怪訝そうな顔で見ていた。


「相変わらずっすね王子」


「ほっとけ」


 王子は邪魔なマスクを鬱陶しそうに引き剥がし、今度こそ肉を口の中に放り込んで満足そうに頬を緩めた。


「うむ。美味だ」


「ふふん。俺自慢の家庭料理・カラットアゲっす」


 シド先輩や美女の存在そっちのけで黙々と俺の家庭料理を味わう王子。その見目麗しい端正な顔を見て、横にいたシド先輩は「あれ?」と目を瞬き、美女が息を呑んだように目を見開いた。


「ところでこっちのこの草料理は……」


 ――ガタン。


 椅子が倒れた。何事かと音の出元に視線が集まる。美女が驚愕の表情で王子を見つめ、椅子を張り飛ばしながら身を乗り出していた。


「……ん?」


「え? なに? どうした……?」


「る、ルイス王子……!」


 震えるように吐き出された声。なんだなんだ? と、俺たち三人が顔を合わせる間もなく、美女は物凄い速さでその場に跪くと、それまで敵意しかなかった態度とは打って変わり、王子に対し深い敬意を示すよう、神妙に頭を垂れた。

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