第18話 勇者、手料理を振る舞う。

  ◇



 ガツガツガツガツガツガツガツ。


 室内に響く食器の音。俺はスープ鍋を両手に持ったまま、ポカンと食卓を見つめていた。


「すんげー食いっぷりだな。この女、マジでどうなってんの」


 食卓には堪えきれないといったようにくつくつ笑うシド先輩と、


「……ふがふが」


 血に飢えた肉食獣かってくらいに、食卓に並んでいる料理にガッツいている聖女の姿。


 俺は彼女の食いっぷりに圧倒されながらも、食事が途切れないよう、次々と自慢の手料理をテーブルに並べる。彼女は新しい料理が出てくると我先にと無言で手を伸ばし、あっという間にぺろっと平らげてしまった。小柄で華奢に見えるのに、これでもう三人前ぐらいは食べているんじゃなかろうか。


(よ、よく食うな……)


 俺は苦笑いを浮かべながらも、新たな料理を用意しようと再びキッチンに引き返した。


 結局――。あの後、空腹で完全に電池切れを起こした彼女を背負い、食料を買い込みながら下宿先まで戻った俺たち。


 空腹で行き倒れている彼女を放っておくわけにはいかないし、この一件のおかげですでに夕飯どきに差し掛かってしまったこともあって、今日は俺の部屋に集まって、みんなで飯でも食おうということになったのだ。


 なお、先ほど連絡自体は入れたのだが、まだ王子の姿は見えない。


 料理を振る舞う俺と、その料理を美味そうにつまみ食いするシド先輩、それから、一心不乱に飯を食ってる聖女の三人が顔を突き合わせ、これといった弾んだ会話もなく時を共有している。


「にしても……」


 中途半端な沈黙を打ち砕くよう、シド先輩が口を開いた。


「コーハイくん。キミ、料理上手だね」


「へ? ああ。ガキの頃から親代わりにずっと家事やってたんで、料理は得意なんすよ」


「ふーん。ただの喧嘩っ早いノーキンかと思えば意外だな」


「冒険に役立つかって言われたら微妙な取り柄なんすけどね」


「充分役立つと思うわ。俺、料理できねえし、パーティのうち誰か一人でも野営クッキングができねえと、何かと詰むだろうし」


「そういうものなんすね」


「おう。いずれわかると思うわ。んでまあ、それはそうとさー」


「はい?」


「せっかく美味い料理が並んでるっつーのに、なんか臭くね?」


「……あ、あぁー……」


 俺は曖昧に返事をしながらも、微妙に苦笑した。


 俺とシド先輩の視線が一点に集まる。無論、いうまでもなくこの異臭の出元は彼女だ。


 今まで外にいたし、バタバタしていたからあまり意識していなかったけれど、室内にいるとよくわかる。彼女、相当匂っている。


「おい、アンタ」


「……むぐ」


「飯食うのもいいけどさ。風呂入ったのいつよ?」


 女に免疫がなくハラハラして成り行きを見守るしかない俺をよそに、シド先輩はずけずけとストレートに問いを投げていく。


「(せ、先輩……相手は女なんだし、少しはオブラートに……)」


「いーんだよ別に。臭いもんは臭いんだし。……で? いつだよ?」


「……」


「答えねーとその飯全部没収するけど?」


「……。二週間ぐらい前」


「にっ、二週間⁉︎」


「ブハッ。どこが清らかなんだっつうのきったねえから洗えっての」


 渋々答える彼女に、頓狂な声を上げる俺と、思いっきり吹き出す先輩。


「うるせえ女顔……こっちにも色々事情ってもんがあんだよ……」


「事情ねえ……」


 彼女は不満そうだ。フードが邪魔でどんな顔をしているのかはよくわからないが、ソースで汚れた唇がツンと尖っている。俺は淡々とやり取りを続ける二人の間に入るよう、口を挟んだ。


「まあまあ先輩……。この子、『聖域』から逃げてきたって話ですし、ゆっくりシャワー浴びてる余裕もなかったんじゃないっすかね」


「そりゃそうかもしれんけど、今は時間があんだから入りゃいいだろ? 匂うからとっとと入って来いって。アンタの匂いのせいで、せっかくの料理が台無しになんじゃん」


「……んなこと言って女顔、俺の体、覗き見する気だろ?」


「は? ねーわ♡」


「嘘だ」


「いや、ねえから。俺、年上専門だし、アンタみたいな色気のねえ粗暴なガキは頼まれても欲情しねえっての」


「あんだと⁉︎」


「まあまあまあまあ! ストップ。ストーップ」


 ガルルルルと敵対心剥き出しでシド先輩に食ってかかる彼女と、嘲笑うかのように冷淡な目で彼女を見下ろすシド先輩。


 俺はなんとか彼女を宥めて、とにもかくにも風呂に向かわせることにする。


「と、とにかく匂うのは事実だからさ。せっかく腹が膨れてもそんな強烈な匂いを漂わせてたら、どうしたって街中で目立っちゃうだろうし、この部屋のシャワールームにはちゃんと内鍵もついてるからさ。悪いこと言わねーから一風呂浴びてこいよ?」


「……」


「俺⁉︎ いや、俺はその、年齢とかはあんま関係ねえけど、それ以前に俺、ガキの頃から片思いしてる女いるし、かっ、間接キスしたことでさえいまだ心臓バグってんのに、い、いきなりはははははは裸とかそんなハードル高いこと望むわけがっ……」


「…………」


「いやマジだって‼︎」


「………………」


「ぶぶっ。コーハイ君……キミ、ウブすぎ」


「ぐっ……ほっといてくださいよシド先輩……」


 最後の方、俺はいったいなんの弁明をしているんだかよくわからなくなってきたが、顔を真っ赤にして嘘偽りのない目で必死に訴えると、やがて女は諦めて腹を括ったように席をたった。


「……なら、浴びてもいい」


「そ、そか。タオルならシャワールームに置いてあるし、俺の服も貸してやるから。そのローブ、あとで洗った方がいいと思う」


「……。絶対に覗くなよ」


 俺の助言には返事をせず、念を押すような言葉だけを残して部屋を出ていく彼女。


 やれやれと肩で息をした俺は、シド先輩を顔を見合わせつつ、彼女がシャワー室から出てくるのを待った。


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