第17話 勇者、三人目のやべえ奴?に会う。
◇
「ぜえ、ぜえ……」
「よし、ここまでくれば平気かな……」
東ジャイロの片隅まで逃げ切った俺たちは、酒場や宿場が立ち並ぶ裏路地の半ばで立ち止まると、追っ手の姿がないことを確認してからどっと息を吐き出す。
「ふうー。あー、マジ久々走ったわ。運動嫌いの俺に街中で全速力させるとか、アンタもなかなかの命知らずだな」
そういうシド先輩は、額に汗を滲ませ、軽く息を切らしてはいるものの、まだ余裕がある感じ。
「すんません……。あのまま怪しげな男たちを自警団に突き出すんでもよかったんすけど、こっちのコにまだ詳しく事情を聞いてないし、万が一、問答無用で『聖域』に送り返されることになって、このコが困るようなことがあっても悪いなと思って」
「まあなァ」
「……それより先輩、運動嫌いだったんすね。体、大丈夫すか?」
「俺はまだ職訓で鍛えてる方だから。それよりそっちのコ、ダイジョーブ?」
「アッ」
俺は慌てて掴んでいた女の子の手を離す。彼女はゼエゼエと息を切らし、力尽きたようによろよろと地面にへたり込んでいる。
「わ、悪い。大丈夫?」
「ぜえ、ぜえ……」
「『全然大丈夫じゃない』って〜」
「す、すんません。無我夢中でつい……」
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……ケホッ」
「『女の歩調に合わせられない男とか引くわー。デートで速攻フラれるタイプだわねー。気を利かせてドリンクの一本ぐらい差し出したらどうなのよー』だってさ〜?」
「……っ!」
女の子が何も言わないのをいいことに、勝手に腹話術をして俺で遊ぶシド先輩。俺はおたおたとしながらも慌てて腰のポーチからドリンクを差し出そうとして、ハッとした。
これってもしや……か、間接キッスとかいうヤツになるのでは……?
女に免疫のない俺、そんなどうでもいいことにドキマギして一人ヒヨっていると、彼女が無言でドリンクボトルをひったくり、躊躇いもなくそれを呷った。
「……」
「おー、いい飲みっぷり」
よっぽど喉が渇いていたんだろうか。先ほど助けを求めてきた時のか弱い感じはどこへやら、彼女はものすごい剣幕で一気にゴクゴクとドリンクを飲み下し、ボトルが空になると、それを俺に突き返しながらよろりと立ち上がった。
「え、ちょ……」
「……」
どうやらそのままどこかに行くつもりらしい。足を差し出しかけるも、今しがたの全速力で体力が底を尽きてしまったようで、歩こうとする意思とは正反対に、ふらふらと壁に手をついている。
「って、だ、大丈夫かよ?」
「さ、触んなっ」
「……⁉︎」
「邪魔……どけよ金髪……」
彼女はそう言って俺をギンと睨みつけながらも、壁づいたいによろよろとその場を離れようとする。
先ほどの天使のような、か細い声で求められた助けはなんだったんだろう。まさか幻覚? 俺はもう彼女の豹変ぶりに戸惑うしかなくて、「お、おう……」と、よくわからない空返事をしたまま、ポカンと突っ立っていた。
だが、俺と違って初対面の人間に容赦のないシド先輩は、それを許さなかった。
「……っわ」
「えー。ちょっとキミ、それはナイよねー? アンタが助けてっつーから、うちのコーハイくんが手を貸してやったってーのに、利用するだけ利用して礼の一つもないとかどうなってんの?」
「ちょ、シド先輩っ」
「は、離せよ女顔! 小せえからって首根っこ掴むんじゃねえ!」
女を女と扱わないシド先輩もシド先輩だが、女の方もまるで聖女と思えない好戦的な口ぶりである。
いや、この子、マジで聖女なんだよな? 聖女って、なんかこうもっとほわほわっとしてて慈愛に満ちた感じで、背景にサワッと白い光りがさしているような、母性に満ち溢れた感じのアレじゃないの⁉︎ って、割とガチめに衝撃を受ける俺。
彼女はシド先輩に首根っこを掴まれたまま散々ジタバタと暴れるも、足が地面についていないこともあり、もはや無駄な抵抗に等しい。
「女顔ねえ……。ふうん。随分と失礼でイキのいい聖女だな♡ っつかキミ、本当に聖女?? 白魔力の匂い、今のところ微塵も感じねーんだけど?」
「……っ」
「ま、俺らにゃ関係ねーし、んなことどうでもいっか。んで、どうするコーハイくん? このままさっきの奴らンとこ突き返すか、自警に差し出すか、そこら辺の便所に捨ててくるんでもいいけど、どれがいい?」
「ふっ、ふざけんなてめえ、放せサド野郎‼︎」
にこにこ笑ってはいるけど目がマジだし、ガチで容赦ねえなシド先輩……。俺は苦笑しつつ、まあまあとシド先輩をとりなす。そして、
「ま、待ってください先輩。確かに俺も、彼女のギャップにはちょっとビビりましたけど、あの『聖域』から逃げ出してきたっつーことは何かワケアリなんだと思いますし、少し話を聞いてみて……って、いっでええ‼︎‼︎」
冷や汗を浮かべながら間に入り、庇うような形で彼女の目の前に手を差し出したのだが、それを犬のようにガブリと噛まれ、読んで字の如く悶絶する俺。
「ひやふふははんな! ほうへホマヘモへへはひゃんのはらはメハヘはろ⁉︎ わはってんはよほへ! フーッ」
「なにいってっかわっかんねえ‼︎ っつうか千切れる千切れる! 痛ぇええからァアア‼︎」
ブンブン手を振って必死に抵抗するも、彼女も彼女でかなり気が立っている様子で、俺の手に噛みついたまま離さない。
もはや涙目の俺を見て、シド先輩はゲラゲラ笑ってた。「なにこの超展開。ウケる♡」とか言って。この人マジでサド先輩だ。っつうか笑ってないで助けてくれよ⁉︎
「あだだだだ……! いだい、いだいってェ‼︎」
「フーッ」
さすがに女相手にぶん殴るわけにもいかないし、爆笑中のシド先輩は当てにならないし、どうしたものかと手をこまねいて悶絶するしかなかったのだが、彼女の激しい抵抗も一瞬でピークが過ぎ去り、次第に噛む力が弱まってくる。
「ふ、……ふー……」
「……っ、……れ?」
あれ? と思う間もなく、あれよあれよと噛まれていた手が力なく解放された。
「…………っ」
「いってえなぁもう……って、 それはそうと……え、な、なに。今度はどうした?」
おまけに彼女はそのまま、もはや精魂尽き果てたようにへにゃりと項垂れている。
いったいどうしたんだろうと思って、噛まれた箇所をさすりながら彼女の顔を覗き込むと、彼女は虚ろな目をして半ば朦朧気味に呻いた。
「……ら、が……」
「え?」
「腹が……減った……」
――ぐーキュルルルルル……。
彼女の発言を裏付けるよう、タイミングを測ったように鳴る腹の虫。
「…………」
(こ、このタイミングで腹が減った……だと⁉︎)
もはや限界といったように項垂れる彼女を前に、俺とシド先輩は拍子抜けした顔を見合わせ、困惑するように目を瞬いたのだった。
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