第16話 勇者、曰くありげな女と遭遇。

「え、え、えっ?」


「んー?」


 戸惑いながら背中に目を向けようとするが、ちょこまかと動かれ、よく見えない。


 隣にいるシド先輩に救いを求めるような視線を投げるが、先輩はまるでお手並み拝見だとでもいうようにニヤニヤと笑ってるだけ。


 困ったなあと頭をかいていると、そのフードの人物がか細い声で言った。


「た、助けて……」


「……!」


「あいつらをやっつけて」


 女だ。明らかに可愛らしい女の声だ。


 昨今の魔王事情もあり、世の中には女の数自体が少ない。無論、俺の人生にも『女』という輝かしい潤いの光がさしたことなどほとんどなかった。むしろ十八年生きてきて、唯一深く関わったことがある女といえば地元の隣家に住んでいたメーナおばちゃんか、村に住むそれ以外のおばちゃん、ばあちゃんぐらいのもんだ。


 若い?女と、こんな至近距離で親密に会話を交わした経験などないに等しく、俺は明らかに目の色を変え、腰に番ていた訓練用の木の棒を引き抜いた。


「よくわかんないけど分かった。さがってて」


 とても看過できるような状況じゃないと判断。隣で「わかったのわかってないのどっちなの」とくつくつ笑ってるシド先輩を無視して、キリリ顔のまま木の棒を構え、追いかけてきた山賊風の男たちを出迎えた。


「ぜえ、ぜえ。おいコラ小僧! 後ろにいる女をこっちによこせ!」


「断る!」


「ああ⁉︎」


「彼女、困ってんだろ。いったいなんなんだよアンタら。タチの悪いストーカーか? 悪いことしようとしてんなら自警団に通報すんぞ」


「なんだ貴様、ヒーロー気取りか? はん、通報したきゃすればいい。ただし、その女もしょっ引かれるだろうけどな」


「……? どういうことだよ」


「ソイツ、変装して誤魔化してっけど、失踪中の『聖女』なんだよ」


「へっ⁉︎」


「へえ?」


「……」


 予想外の言葉に頓狂な声を上げる俺と、興味深そうに顎に手を置いて、俺の背後を見るシド先輩。俺が木の棒を構えたまま後ろを振り返ると、彼女は唇をかみしめて俯いた。


 言い返さないところを見ると、男たちが言っていることは事実なのかもしれない。


 ――聖女。


 噂では聞いたことがあるが、一世に一代しか現れないという神の祝福を受けた神聖な存在で、あらゆる光系の魔法や回復魔法に通じているという。普段は『光の聖域』と呼ばれるエリアの大聖堂にいて、祭事の時以外、滅多に外に出ることはないし顔を拝める機会もないはずなのだが、なぜこんなところにいるのだろう? 


 などという個人的な疑問はさておき、俺はそれを聞いて、すぐさま彼女と男たちの間に存在していたのっぴきならない事情をうっすらと察した。


「優しい俺らはなあ、失踪中のそいつをちゃあんと『聖域』に戻してやろうとしてんだ。もちろん、大金と引き換えに、だけどな? その女は、聖域の奴らにとっちゃ金のなる木みたいなモンだし、ちょっとふっかけりゃあ言い値で引き取ってくれんだろうから、こっちも楽して儲けられるってわけ。ちゃんと安全に送り届けるし、別にそんなのたいした犯罪にもなんねえだろ?」


 やはり。想像していた通りの事情だ。


 犯罪だろうかそうじゃなかろうが、この女の子も理由があって『聖域』を出たんだろうし、彼女の意思に反して事を進め、挙句に大金を巻き上げようなんざ、タチの悪いストーカー以上に悪質だ。やはり引き渡すわけにはいかないだろう。


「さ、分かったんならさっさと女をこっちに……」


「嫌なこった! 誰が引き渡すか!」


「!」


 男が一歩、こちらに詰め寄ったのを認めた俺は、木の棒で攻撃を仕掛けるフリをして威嚇。


 相手が怯んだ隙に素早く足払いを繰り出し、まず一人目を横転させる。


「つおっ」


「ちょ、な!」


「てめえ!」


「シド先輩!」


「あいよ♡」


「……っ」


 俺は背後にいた女性をシド先輩へ託し、一人、弾かれた弾丸のように飛び出す。


「うらあッ」


「なっ、ちょっ」


「うげっ」


 今日は訓練でアホみたいな筋トレをしていたこともあって、やや足に力が入らないところもあったが、家事育児肉体労働五人の悪ガキの世話で培った俺のタフさは伊達じゃねえ。


 男が腰から引き抜いた武器をすぐさま木の棒で叩き落としつつも、右、左と忙しなく迫り来る拳撃を木の棒で躱しながら、時折カウンターキックを喰らわせる。武器を持ち上げる隙を与えず徐々に相手を追い込んで、最後は頭突きではっ倒した。


 何だかいつも以上に体が軽快に動いている感じがしないでもないのだが、おそらく、シド先輩がジャカジャカ弾いている弦楽器の曲のせいだろう。


「く、くそ……」


「よし、今のうちに撤収!」


「!」


 やがて男たちが地に沈むと、その隙をつくよう女の子の手をとって路地裏を飛び出した。


「オッケー♪」


 シド先輩も弦楽器を背中にしまうと、物言わず俺たちの後を追いかけてくる。


「ま、待て……!」


 男たちに叫ばれても、もちろん振り返ることもなく。


 かくして俺とシド先輩は、『聖女』と思しき女の子を連れて、その場から全力で逃げ去ったのだった。

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