第14話 勇者、二人目のやべえ奴を確保する。

「先輩は『吟遊詩人』、すよね?」


 ギルドから追い出されていたところを見ていたから答えはわかっていたのだが、覗き見を変に思われてもアレなので、弦楽器に視線をやりながらあえて尋ねると、先輩はにっこりと笑って答えた。


「そ。駆け出しの吟遊詩人ミュージシャン。これといったスキルはないけど歌なら歌えっから、俺の自作の曲、一曲5,000ベニーで聴いてく?」


「いやいらんっす」


「ちっ。5,000でも安い方だってーのに、これだから芸術センスのねえ戦士ノーキンは……」


 すでに歌う気満々で弦楽器を構えていた先輩は、俺の制服のデザインを見ながら肩をすくめた。


 イケボなのは確かだから聞いてみたい気がしないでもないけど、さすがに5,000ベニーはない。


「てか、自作の曲作ってまで歌が歌いなら、普通に一般の歌手目指せばいいじゃないっすか。それだけ見た目が良ければソコソコいい線いくと思うんすけど……」


「お前、わかってねえなあ。俺はヴァリアントにとどまらず、全世界を路上ライブしながらまわりてえんだよ」


「ぜ、全世界路上ライブ⁉︎」


 やべえ。興味本位で聞いたはいいが、想定の斜め上をいく上昇志向。


「そ♡ 冒険者免許がありゃ大抵の国は出入り可能になるし、尚且つ吟遊なら路面で歌ってても自警団にドヤされることもないっしょ?」


「そ、それはまあ確かに……」


「俺的な計画としてはさ、音楽を武器に自由気ままにあちこちを旅して、歌で世界とつながりつつ金に困ったら現地のクエストを受けてその場をやり過ごしたりして、自然に名声を上げていってさ。んで、無事に世界一周したら最後はヴァリアントに戻ってファン集めて観衆総立ちのコロッセオライブとか超エモエモのエモじゃね?」


「……」


 この人、魔王復活が危ぶまれるこのご時世にとんでもねえこと言ってるな……とは思ったが、でも、夢を語るその表情は、大人びた風貌からは予想ができないほど少年心と野心に溢れ、生き生きとしていて、『勇者になりたい』などという身の程知らずの夢を持っている自分にとって、なんだか他人事には思えなかった。


「まあ、それが俺の夢っつうか目標みたいなもんなんだけど、どこいっても重宝されてた前職と違ってスキルのない吟遊は社会のゴミ扱いがすぎて色々きちいんだよねー」


「……」


「おまけにほら、このギョーカイって、十二、三にはその道の修行を始める奴多いのに、俺、転職組だからもう十九だし」


「俺も十八だし、一つしか変わらないっすよ」


「へー。アンタも随分と遅咲きなんだな」


「まあ、色々あって……。つか、前職って、いったいなにやってたんすか?」


「えー。ソコは秘密♡」


 そこ、隠す必要あるんだろうか。まあ、個人情報みたいなもんだし、無理には聞かないけど。


 先輩はヘラリと笑って弦楽器を背中に戻している。


「ああ、心配しないでも変な職業ジョブとか賞金首ではないから」


「犯罪者だったり変な職業だったらそもそも職訓に受かってないっすよ」


「それもそうだな。つかキミ、俺の夢を聞いても引かずに冷静に受け止めちゃうとか、なかなか話のわかる奴じゃん」


「は、はあ。まあ……」


 そりゃある日偶然『王子』とかいう特殊クジを引いちまうような男だからな、俺は。


 少し変わり種の吟遊詩人ミュージシャンに遭遇したところで、そこまで驚きはしない。


(吟遊詩人か……)


 俺は今一度、ざっと頭の中で計算を巡らせた。


 今朝、よぼよぼのじーさん(教官)が言ってた。基本のパーティ構成はアタッカー二枠に、魔法職あるいは支援職一枠、ヒーラー一枠の計四名が鉄板だと。


(俺がアタッカー枠1で、王子がスポンサー枠だから……)


 王子がアテにならないので計算しづらいが、後々ちゃんとした回復役を入れることを踏まえると、本来ならばアタッカーか魔法職あたりを仲間にしたいところだったんだが、まあ、そう選んでもいられないし、仕方ないか。


 相性とか人柄も、実際組んでみないとわからないことだってあるしな。ウン。


 というわけで、俺は軽いノリで聞いてみる。


「あの先輩」


「んー?」


「試しに俺と組んでみません?」


 直球で問いかけると、きょとん、としたように俺を見る先輩。


「え、何キミ、マジで言ってんの?」


「うす。……ああ、『俺と』って言っても、一応もう一人も決まってるんすけどね」


「もう一人?」


「はい。俺が戦士アタッカーで、その人は……えっと、い、一応ヒーラーっぽい感じ?」


 やべえ。改めて思うけど、王子の役割、すんげえ説明しにくいっていう。


 案の定、先輩はブッと吹き出して笑ってた。


「なにその〝一応〟とか〝っぽい感じ〟って。どんなヒーラーよ」


「いやまあちょっと特殊な方というか、その辺は色々と事情がありまして……。いずれにせよ、パーティ中は危なくないよう回復に徹してもらうつもりですし、吟遊との相性も悪くないと思うっす」


「そう? 俺変な奴好きだし、固定組むには悪くねえ話だけど、現実的なこと考えると野良パーティは嫌遠しちゃうんだよな。ギルド登録と違って冒険者保険つかねえし」


「言われてみればそれは確かに……」


 冒険者保険とは、クエスト等で冒険者に万が一があったときに、国から補助を受けられる制度のことだ。基本、ギルド登録をすればおまけでついてくる制度だが、当然のことながら野良パーティにはそれがない。なにがあっても自己負担だ。


「まあ、どんなことがあってもキミが俺を養ってくれるっつうなら話は別だけどな?」


「あー、それはナイッスワー」


「冗談だっての。相変わらず金の話になると逃げ足早ぇな」


「だって先輩の、冗談っぽそうで冗談に聞こえないんっすもん」


「大事な話だしなぁ。でもま、冗談抜きで、金の話だけじゃなく、野良固定だと軽率にメンバー編成かえらんねえから受注できるクエストも限定されるし、後々面倒ではあるんだよな」


 先輩の懸念はもっともだ。だったら……と、俺はそれまでになんとなく漠然と考えていたことを、そのまま思いつきで口にした。


「なら……ギルド、作っちゃえばよくないっすか?」


「……は?」


「あ、いや、今すぐにってわけにはいかないかもしれないっすけど。俺自身、経歴の問題があって外部ギルドへの登録は難航するだろうなーとは思ってたんで、それならいっそのこと、もう自分らでギルドを作っちまう方向で動いたら早ぇかなって」


「……」


「そうすればパーティ編成もギルド内で組み替え自由になるっすよね? あ、もちろん、資金も人も必要になるってのはわかってますよ? ただ、金の方ならなんとなくアテがあるような気がしないでもないし、人の方も……まあ、なんとかなるかな? きっと、世の中には他にも俺みたいに燻ってる人がいるだろうし、ウン」


 無論、アテにしているのは王子のことではない。本気でやるならば……と、自分なりに閃いていたことは確かにあったのだ。


 俺が不安を感じさせない満面の笑みで親指を立てて言うと、先輩はたまらないといった様子でブハッと笑い出す。


「お前、ウケるな」


「え。真面目にいってるんすけどね⁉︎」


「真面目に言ってっから笑えんだよ」


「それ、金欠のくせにコロッセオライブ目指してるような先輩が言える台詞っすかね」


「上等じゃんよ。気に入ったわお前」


 先輩が長い腕を差し出す。王子に続き、二度目の握手だ。


「俺はシド。あんたは?」


「戦士コースのアッシュ・エヴァンスっす」


「そ。アッシュね。んじゃ、今後ともよろしく♡」


 この人の素性や前職での逸話など知る由もなく、俺はその手を笑顔でバチンと叩き、この時はあくまで軽いノリで、二人目のメンバーを決めたのだった。

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