第12話 勇者、求職する。

 ◇



 そうして迎えた訓練初日。戦士用のハーフコートとなっている制服を着込んでわっくわくで出校した俺。その日はよぼよぼのじーさんの『戦士とはなんたるや』という実に奥深そうな話を朝から昼にかかるまでぶっ通しで聞いたあと、昼を挟んで午後、今度はムキムキのマッスル教官が登場。いきなり腕立て伏せ500回から始まり、腹筋、スクワット300回、ランニング三十週までやったところでようやく初日を終えた。


(お、おい、なんだこの初っ端からハードモードな感じは……)


 よろよろと瀕死状態で訓練場を出る俺。なお、本日の受講生は俺一人だった。


 やっぱりこの訓練校大丈夫なんだろうかと思いかけるが、この時期に戦士コースを希望して入ったのは俺一人らしく、すでに基礎訓練を終えている他の受講生達は別室で他の訓練をしているという教官の言葉を、今はただただだ信じることにした。


 初日からありえないほどズタボロになりながらも、訓練場を出た俺はふらふらと歩いて就労支援課にやってくる。昨日、事務員のトムさんに聞いた話では、入校が決まり受講が始まった段階で、訓練校側が出しているクエスト等、求人案件に応募が可能ということだった。


 もちろん、利用できそうな支援金の申請や減免措置の依頼もするつもりではいるが、金の工面はできる限り自力で行いたい。訓練のスケジュールはある程度自分で調整ができるので、早速、何かこなせそうな案件はないかを確認し、コツコツ稼いで少しずつでも村にいる弟たちに仕送りをしようと思ったのだ。


 だが――。


(ええと……。『冒険者免許』未取得で、訓練生でも受注できるクエストは、と……)


 俺は就労支援課の巨大掲示板に貼られている求人広告を片っ端から目で追っていく。俺のような〝無免許〟の訓練生にでも受けられる案件はあるにはあったのだが……。


『全土指名手配中賞金首の捕獲、200万ベニー』


 冒険者とか関係なしに街中に貼ってありそうな指名手配案件とか。


『とある酒場ギルドの用心棒(※命の保証はありません)300万ベニー』


 闇バイトかよっていう法外な報酬付きの怪しい案件。


 それ以外だと、ビラ配りとか事務系バイトみたいな、報酬も地味で冒険者とか関係なくできそうな、いかにも一般向けの学生アルバイト風な案件しかなかった。


(せっかく訓練生になったんだ。一般職っぽい案件じゃ意味がねえ)


(どうせなら冒険者としての経験を積んだり人助けしながらソコソコ稼げるような案件がベストなんだけどな……)


 そういう案件がないわけじゃない。むしろ、それがメインだと言わんばかりに溢れてはいるんだが、どれもこれも『※四人PTパーティ必須』という文言が踊っている。


(パーティ……『仲間』が必要なのか?)


 わからなくはない。依頼主だってあちこちに同時で依頼をかけるわけにはいかないのだから、一組に託すのであれば、やはりそれなりの適正な条件――人数や力量――を設けた方が都合よく解決に至れるのだろう。それはわかっているんだが……。


(うーん。とはいえ、パーティか……)


 俺が腕を組んで考えていると、いつの間にか他のコースの訓練生たちがわらわらと集まってきて、クエストボードの確認を始めた。


「お、これいいんじゃね」


「なー、これ受けようぜー」


「こっちの案件まだあったー。これ受けようよー!」


 賑やかに談笑し、次々と案件を剥がして窓口に持って行く訓練生たち。キョロキョロと辺りを見渡すが、そのほとんどはすでに仲間が決まっているような空気だ。


「……なんだ。初日だというのに、もうクエストを受ける気でいるのか?」


「うおびっくりしたっっ!」


 入校したてだし、仕方のないことだとはいえぼっちであることを痛恨に感じていたところ、ふいに背後から声をかけられてガチで飛び跳ねた。


 振り返るとそこには、すっとぼけた顔で腕を組んで立つ王子がいた。


「王子じゃないっすか」


「お前、包み隠す気ないな?」


「す、すんません。どうも呼び捨ては馴染まなくて……」


「まあ、わからなくもないが、追々慣れてもらうし、公には包み隠せよ」


「ういす」


「……それで? 初日、どうだったか話を聞こうかと思っていたんだが……こんなところで張り紙と睨めっことは、もうクエストを受けようというのか?」


「あー、はい。一日でも早く訓練と掛け持って弟たちに仕送りしてやりたかったんすけど……目ぼしい案件はほとんど、仲間が必要になるみたいなんすよね」


「ふむ。割のいいものはそうだろうな」


「そうなんすよ。そんで、じゃあ仲間を探すかーって言っても、なんだか周りの人たちはすでに固定で組んでる雰囲気っぽくて」


「『ぽい』というより、目ぼしいヤツなんかは特に、大半が固定を組んでると思うぞ」


「う。やっぱり……」


 うっすらそんな予感はしていたが、やはりそうなのか。


 そもそもよく考えればこの訓練校、即戦力になりたいような奴が集まる場所だもんな。


 そりゃさっさとPT組んで経験積んだり働きながら訓練受けるわな。


「もし今すぐにどうしても案件を受けたいというのなら、訓練校の中を探し歩いて余り物を拾ってパーティを組むか、あるいは外部のギルドに登録し、仲間を引っ張ってくるぐらいしかないだろうな」


「外部のギルドか……」


 王子に現実を突きつけられ、腕を組んで考える俺。外部のギルドは、場合によっては面接料や登録料などの諸経費が必要になってくるし、今後のことも考えて、できることなら経費節減で進めていきたい。


「まあ仕方ないっすね。んじゃ、とりあえず訓練校内から探してみるっす」


「そうか。まあ、あと二人ぐらいならなんとかなるかもしれんしな」


「うす。って、人……?」


「……? 四人で組むなら俺とお前、あと二枠だろ?」


「王子、ついてくる気なんすね……」


「俺はお前のスポンサーだぞ」


 さも当然だと言わんばかりに首を捻ってくる王子。俺は恐る恐る確認する。


回復役ヒーラー……なんすよね?」


「ああ。ただし魔法は使えんぞ」


「魔法が使えないヒーラーって、むしろなにができるんですか」


「毒殺、毒味、毒作り、薬の調合といったところか?」


「……」


 薬の調合以外、全く役に立つ気配がねえ……!


 っつうか癒しの要素どこだよ⁉︎ 癒される気がまるでしねえよ……とはもちろん言えないし、何をどう足掻いたところで、すでに王子はついてくる気満々っぽい様子なので、仕方なく貴重な一枠は諦めて王子スポンサー枠として割り切ることにした。


「と、とりあえず行ってくるっす」


「わかった。決まり次第連絡しろ。俺は宿に戻ってる」


「うす」


 その後、その足で訓練校内に目ぼしい奴がいないか歩き回って確認するも、やはり訓練校内の奴らはすでに仲間を組んでいるか、すでにギルド登録をしていたりでそう簡単に目ぼしいやつが見つかるはずもなく。


(仕方ねえ、外部ギルドも覗いてみるか……)


 苦難の末に俺は外部のギルドへ出向き、仲間の確保を目論もうとしたのだが……。

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