第7話 勇者、揺れる。
◇
「お前の言いたいことはわかった」
「そか。ならこれから晩飯の準備があるし、今日はこれで……」
「いやだから、お前は最後まで人の話を聞け」
「う、す、すいません。……えと、なんすか?」
「まず一つ目にして最大のお前の懸念。君の家族のことだが、それは問題ない。王家直属の優秀な保育士および家庭教師、警備護衛者等、君がいない間も弟諸君が健やかに過ごせるよう、最強の布陣をこちら側で用意しよう」
「なっ……」
「そもそも君にとって、それらの懸念事項が回避必須になることは予めわかっていたから資金面は最初から計算に入っていたし、残される彼らのことについても……実はすでに、周辺住民および村中の者たちへの根回しが済んでいる」
「……は、はい⁉︎」
「それについては後述。といってもまあ、そこは語るほどのこともないんだが。……また、彼らの学費などについてだが……我が国の『冒険者専用職業訓練校』では、申請と審査次第で月に一定額の支援金を受給できたり、扶養家族の学費、あるいは教育に関する費用を一部減免させるシステムがあることを知らないのか?」
「え?」
「民間の養成学校とは違い、国が用意しているこの訓練校では、様々なハンデがあっても、それにとらわれることなくスムーズに訓練を受講できるようあらゆるバックアップ体制が整っている。無論、それなりの審査は必要になってくるが、納税者であるお前には、そういった審査や支援を受けられる権利がある」
「……」
「まあ、意地を張ってそういう制度をあてにしたくないというのなら、就労支援課で訓練生専用の『クエスト』を受けて稼ぐんでもいいだろう。受注条件さえ満たしていれば、実戦を積みながら報酬を得られる。物によっては今、君が掛け持ちでこなしているアルバイトよりもはるかに効率よく稼げるはずだぞ」
「……!」
「……というわけで。ここまでに挙げられた懸念事項は全て潰した。それ以外に不安な要素は?」
ことごとく俺の不安材料を捻りつぶし、いかなるNOも言わせんとばかりの笑顔でこちらを見つめてくる王子。意地でも俺を訓練校に入校させようっつう魂胆が丸見えだった。
「言っただろう? 俺は欲しいものは必ず手に入れる性分なんだ。何せ『放蕩王子』と呼ばれるくらいだからな。金の使い所をもったいぶって魔王軍に国どころか世界を破滅させられるぐらいなら、好きにやらせてもらう」
そう言って強気に笑う王子を、不覚にも俺は、少しかっこいいと思ってしまった。
もちろん、変な意味じゃなくて人間的に……だけど。
(放蕩王子……か)
「冒険者になりたくはないのか?」
「……」
「遠慮はいらん。本当の気持ちを言ってみろ」
正面から問われ、魂が揺れる。
もちろん、通いたいに決まってる。
もちろん、やれるもんならやりたいに決まってる。
もうガキじゃねえから、身の程知らずに『勇者になりたい』とまでは言わない。でも、冒険者になって、困ってる奴を助けて、世界中を旅して、力をつけて、あわよくば魔王をぶっ飛ばして、お袋や片思いの女、今なお捕まってる女を片っ端から救い出すことができたら、どんなにスカッとすることか。
「…………」
だが、弟を置いて、自分だけがやりたいことをやるだなんて。
本当にそれでいいんだろうか――?
あまりにも想定外の出来事すぎて、すぐには気持ちの切り替えができず、いつまでもうだうだと煮え切らない顔で考えていると、
「ショクギョークンレンコー、ブイエーティー? え、なになに、兄貴もガッコー通うの?」
「うおびっくりしたっ」
いつの間にか隣に三男のラッシュの顔があって、椅子ごと飛び退く勢いでビビっちまった。
ラッシュは鼻をほじりながら、王子が差し出した書状をまじまじと見ている。
「な、なんだよラッシュ! おめえ、あっちでスクリーンに齧り付いてたんじゃねえのかよ⁉︎ つか、汚ねえ手で紙に触るんじゃねえ。そもそもお前、いつから話を聞いてたんだ? レッドマンの最新話は……」
「大変だっっ! モンスターだ! 村にモンスターが出たぞおおお!」
「……っ‼︎」
「……!」
――俺が三男を窘めようとしたその時、ふいに家の外から聞こえてきた叫び声。
ただならぬ不穏な空気に、俺たちは一様に顔を見合わせて、なんだなんだと窓際に集まる。
窓の外には逃げ惑う見知った村人の姿や、武器や農村具を手にして争おうと右往左往する近隣住民の姿があって、村中が混乱を極めているようだった。
「くそ、また出やがった! なんでこんな時に……」
俺は唇をかみしめて拳を握る。王子は壁に空いた穴――四男のモルジュが開けた穴だ――から、興味深そうに外を覗き込みながら、訝しげに尋ねてきた。
「復活したと噂の、新魔王軍のモンスターか?」
「いや、前に倒された魔王の残党みたいなもんだよ。近くの樹海に棲みついてるみたいで、時々村まで降りてきて悪さしてる」
「そうなのか」
「うす。王子はここにいた方がいいと思います。んで、悪いけど俺、ちょっと行ってくるんで、王子は弟たちのこと見ててもらっていいすか? この村には戦力になるような人間が数えるほどしかいないから、俺が行かないと……って、あれ⁉︎」
冷や汗を滲ませながら、人数確認をしようと弟たちの方を振り返った俺。
しかしそこには、しれっとした顔で身支度を整えている次男のメッシュの姿しかなくて、俺は戸惑いながら辺りを見渡した。
「あれ? あれ?? 今ここに鼻ほじってたラッシュいたよな? なんでメッシュしかいねえの⁉︎ っつかおいメッシュ! 他の奴らは⁉︎」
余談だが次男のメッシュと三男のラッシュは双子だ。髪型と着ている服を除いてほぼ瓜二つの外見をしているが、性格は全然違う。さっきのラッシュは我が家を筆頭するほどの暴れ馬の悪ガキだがメッシュは真逆。勤勉家の超優等生。戦士に憧れる脳筋ラッシュと違ってお上品な魔法だって使える。
メッシュは相変わらずすっとぼけた顔で淡々と答えた。
「他の皆なら、モンスターって聞いて、今、外に出てった」
「ちょっと待て。なんでそこで外に出ていくんだよ⁉︎ っていうかお前も! 知ってたんなら止めろってばっ」
「制止したところで大人しく踏みとどまれるような奴らじゃないのは、兄貴が一番よくわかってるでしょ」
「それはそうだけどもっっ! て、呑気に言い争ってる場合じゃねえな。待てコラクソガキども!!」
我が家の生き抜き方を冷静に弁えているメッシュを押しのけ、王子そっちのけで慌てて家を飛び出す俺。生まれた年代的に、ヤンチャな弟たちはまだモンスターの危険性を充分に理解していない節がある。
興味本位で野次馬だなんて、なんて危険極まりねーことしようとしてんだと肝を冷やしながら、必死に奴らの後を追いかけた俺だった……のだが――。
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