第6話 勇者、躊躇う。

 ◇



「職業……訓練校……」


「ああ。養成学校と違って修了しても学歴にはならんが即戦力にはなる。年齢による入所制限もないから、中にはキャリアアップを目指し転職に必要な資格取得に励む熟年者なども利用しているぞ」


「……」


「酒場のオヤジに聞いたんだが、君は元々『冒険者』になることに憧れていたのだろう?」


「それは……」


 そうだけど、と。喉まででかかって飲み込む。


 肯定してしまったら、選択肢や拒否権がなくなってしまう気がしたからだ。


 俺は困惑する頭でしばし逡巡した後、拭えなかった疑問をようやく声にする。


「それはそうだとしても、なんで俺……?」


「ん?」


「いや、なんで俺なのかなって。世の中にはもっと、俺以外にも冒険者や戦闘職志願者に向いてるような奴がいるんじゃないのかと思って」


 自分を卑下したいわけじゃない。だが、それが正直な感想でもあった。


 金がないだけで学校に通えない冒険者志望の奴なら、きっと今の世にたくさんいるはず。


 年齢的にも若い奴の方が将来性があるだろうし、俺みたいに養うべき家族を抱えていなくて、きちんと免許や資格取得に向き合える環境にある奴の方が、王子のお供には向いているような気がした。


 そんな俺の本心を見透かすよう、王子は飄然とした表情で答えた。


「ああ。経済的理由で学校に通うことができず、冒険者免許取得の機会にすら恵まれずに自らの才能を埋もれさせているだけの奴なんて、探せばいくらでもいるだろうな」


「だったら俺なんかより……」


「もちろん適性さえあれば、今後、見つけ次第そういう奴にも予備的に声をかける気ではいる。だが、今は他のやつのことはどうでもいい。俺が選んだのはお前だ。俺はお前がいい」


「な、なんで」


「理由は三つある」


「三つも⁉︎」


「まず一つ目、根菜で戦う奴は始めて見た」


「……うっ」


「形に拘らない、その気勢が気に入った」


 そう言って、思い出したように口元に軽い笑いを浮かべる王子。


 恥じるように顔を赤らめる俺を無視して、王子はその先を続ける。


「二つ目。素人のくせに素人には見えない剣筋や、お前の馬鹿正直そうな人柄を見て、単純にビビッときた」


「ばっ、馬鹿で悪かったっスね……」


 いや、俺も王子のこと、最初にそう思ったけども。まさか自分にも跳ね返ってくるとは思いもよらなかった。むすっとして王子を睨むと、


「悪く思うな、褒め言葉だ。それに……こう見えても俺は、人を見る目がある方なんだ。幼い頃から散々人間の裏表を見てきたからな。相手の目を見れば大抵、そいつの本心がわかる」


 王子は遠い目をしながら、意味深にそう語った。よくわかんねーけど王家の人間には王家のしがらみが色々あるのかもしれない。平民の俺には到底預かり知らぬ空気が流れていた。


 返す言葉はない。大人しくなった俺を相手に、王子はさらに続ける。


「三つ目――。昨日、自称優良冒険者男が大技を繰り出そうとした時、お前は退がるんじゃなく前に出ただろう?」


「……え?」


「人は身に危険が迫った時ほど、防衛本能で本質が出る。己の身の危険を省みず、名も知らぬ他者を全力で守ろうとする……そういう命知らずでも真っ直ぐすぎる奴が、いずれ『勇者と呼ばれる存在』になりえるんじゃないか?」


「……」


 ――俺は。


 虚を突かれたように目を瞠って、ただ静かにその言葉を噛み締めた。


 たとえそれが世辞やその場しのぎの言葉だったとしても、何者にもなれずにただ漠然と日々を消化して燻るしかなかった俺にとっては、アホみたいに沁みる言葉だったから。


 誰かに自分を認めてもらえたことなんて、いったい何年ぶりだろう。


「俺は……」


 だから、本当は『見る目あるじゃんお前』って馬鹿丸出しで喜びだかったし、訓練校だろうがなんだろうがずっと夢だった冒険者への第一歩を無料で踏み出せるというのなら今すぐ飛びつきたいぐらいだったし、ここで断ったらこんな奇跡みたいなハナシ二度と舞いこまねえだろうなとわかってはいたんだけど、でも――。


「ありがたいけど俺は……遠慮するよ」


 考える余地なんかない。答えは決まっていた。


 静かに俺を見つめる王子は、首を傾げて尋ねる。


「理由を聞こうか?」


「……」


 スクリーンに夢中になっているガキたちを横目で見る俺。


「その訓練校、全寮制なんだろ? 弟たちを置いてくわけにはいかねえ。一番下の六男ガッシュは最近十歳になったばっかりで、ある程度は自分で動けても、やっぱりまだ目が離せねえっつうか……俺なしでやっていけるような年齢じゃねえからさ」


「……ふむ」


「それに、いくら将来を約束されたといっても、こいつらの学費も稼がないといけない。当面は両親の残してる貯金でなんとかなるとは思うけどさ、どうしたって限りはあるし、みんなやりてえことバラバラだから、今からコツコツ蓄えておかねえといけねえんだ」


「なるほど」


「それからもう一つ。訓練に関する経費を全額持ってもらえるだなんて奇跡みたいなハナシ、ありがてえことこの上ないけど、それって国民の税金だろ? やれるかどうかもわからない得体の知れねえ俺なんかのために使うべきじゃねえよ」


「……」


「もちろん、俺を選んでくれたのも、認めてくれたのも、そこは素直に嬉しいし気持ちはありがたいよ。でもそういう事情があるからちょっと厳しいっつうか……」


「……」


「せっかくここまで足を運んでくれたのに、期待に応えられなくてすいません」


 俺は素直にそうこぼして、王子に向かって潔く頭を下げた。


 王子はしばらくの間、俺のことを黙って見つめていたと思う。頭にバシバシ視線が刺さっていたから。


 室内には賑やかな効果音が流れていて、弟たちは夢中になってスクリーンの中の英雄たちの活躍を応援している。


 やがて王子が、考えをまとめたように口を開いた。

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