第5話 勇者、十八歳の誕生日を迎える。

 ◇



 十八歳の誕生日を迎えたその日、俺の身に、思いもよらないことが起こった。


「ああ、帰ったか村人Aくん。お勤めご苦労」


「……え?」


 ヴァニラ村の傍らにあるエヴァンス家自宅にて。


 弟たちの下校時間に合わせバイト先から帰宅した俺は、悪ガキたちが帰ってくる前のわずかな時間に、昨日買っておいた甘菓子を食べながら、晩飯に使用する(俺的には)高級肉のレシピを隣家のメーナおばちゃんにもらった料理本を見て模索しようと、そんな贅沢なことを考えながらリビングに入って食卓を見るなり、まず、絶句して立ち竦んだ。


「邪魔しているぞ」


「……え? え??」


「それにしても……なかなか味のある家だな。あそこの壁とそっちの窓に穴が空いているんだが通風用か? 外の景色を眺めながら一服というのも悪くはないが、逆に外からも丸見えになるというのはセキュリティ面で少々気がかりだ。このご時世、誰に狙われるともわからないし、やはり塞いでおいたほうがいいだろう。俺が手配しておく」


「え? え?? え???」


 二度見をしたが、幻ではない。


 昨日の自称ヒーラーらしきフード男が、食卓の椅子に座って何食わぬ顔でコップの中の茶色い液体を飲もうとしている。


「な、なんで???」


「ああ、このドリンクはそこの青色の服を着た少年が出してくれた。庭に生えてる草で作ったソチャというらしいな? どれどれ……」


 いや別にそこは聞いちゃいなかったんだが。聞き捨てならない台詞に俺は後ろで騒いでいる青色の服……三男のラッシュを、魑魅魍魎とした眼差しでガンつけた。


「おいこらラッシュ‼︎ てめえ、客に変なモン飲ませようとしてんじゃねえ! 殺す気か‼︎」


「げっ、バレた! うはは逃げろーーーっ‼︎」


 幸いなことにフード男は黒マスクをつけたままコップに口をつけようとしていたため、マスクにコップが引っかかったそのうっかりミスの間にコップの奪取に成功。客に変なモンを飲ませずに済んでほっとはしたのだが。


「っつか、おいメッシュ! お前もすっとぼけた顔で辞書なんか読んでねえで、見てたんなら止めろよな⁉︎ オメーの相方だろが‼︎ んでもってモルジュ! おめえは今日、キースじいさんのところに稽古つけてもらう日だったんじゃ……って、だあっ! マッシュ、ガッシュ、ストップ‼︎ お前らその余ったドリンクを飲むな、ガチで腹壊すっての!」


 なぜかいつもより早くに帰宅していた弟たちの蛮行に振り回され、落ちつく間はおろか一息つく時間すらなく怒鳴り、嘆き、見渡し、途中で誰が誰やらわからなくなりつつも、あれやこれやとせっせと目まぐるしく動く俺。


 食卓に座ったフード男は、そんな俺を、頬杖をついて愉快そうに見ている。


 いや、お前もなに微笑ましげに寛いでんだよ……って突っ込みたいところだが、それどころじゃない。


 俺は三男の作った怪しいドリンクを全回収して流し台に捨てつつ、四男が食いもんで汚した床を飛び越え、五男六男が散らかした玩具を爪先立ちで避けながらカウンターまでたどり着くと、そこにあったリモコンをひったくる。


 こんなんじゃまともに話もできないので、とにもかくにも僅かながらでも空き時間を作ろうと、家庭用スクリーンをつけてとっておきの録画番組を流した。


「お! 英雄伝説レッドマンきた! これ、最新話⁉︎」


「おいどけモルジュ! そこは俺様の席だ!」


「モル兄、ラー兄ジャマーみえないー」


「ドガガガガバリーングシャーン! テッテレー! ドーン」


「モル、ラッシュ、ガー&マー。スクリーンから離れなよ。目が悪くなる」


 スクリーンに流したのは奴らが好きなヒーロー活劇だ。これでせいぜい三十分は静かになるだろう。


 俺は大人しくなった(いや、そこまで大人しいわけじゃないけど)悪ガキどもにようやく胸を撫で下ろしつつも、どっと疲れたように頭を抱える。


「あーうるせ……。くそっ。つかなんでおめえらこの時間に帰ってんだよ。今日のこの時間はまだ学校のはずじゃ……っと、悪い。甘いモンか肉ならあんだけど、それ以外だとロクな飲みもんもなくて」


「いや、なにもいらない。今日は折り入って話したいことがあるだけで、お前にもてなされるためにここへ来たわけじゃない」


「……? お、おう」


 折り入って話したいこと――?


 なんだ? 別に何か悪いことをした覚えはないんだが、自分の人生、他人と改まって話をするような機会ってそんなになかったので、なんだかこの空気が妙に怖すぎた。


 俺は胡乱な目でフード男を見る。俺の警戒の眼差しに気付いたのか、男はフードを剥ぎ、黒マスクを外した。はじめて男の素顔を見たのだが、色白の肌に凛とした翡翠石のような色の瞳。長い睫毛にすらりとした鼻筋。凛々しく引き締まった口元に、さらりと流れる銀色の髪。驚くほど……いや、息を呑むほどに美しい顔立ちをした男だった。


「名乗るのが遅れてすまない。俺は現在、冒険者免許取得のためとある職業訓練校に通う『ルイス・K・ヴァリアント』だ」


「ルイス……K、ヴァリアント……」


「ああ。諸事情があって公には『イル』という名で通している。あまり世間に素性を知られたくはないからな。気軽に『イル』と呼んでくれ」


「……」


「……?」


「ヴァリアント王国の第一王子じゃねえか!」


 やべえ。王子相手に腰をあげる勢いでマジツッコミしちまった。


 いくら教養がなくても、さすがにその名前を知らない国民はいないわけで、気軽に名前を呼べるはずもない。俺があからさまにドン引きするのを目の当たりにした王子は、


「ああそうだ。巷では公務もこなさずあちこちを自由奔放に飛び回って豪遊し税金を食い潰す『放蕩王子』と揶揄されている。まあ、俺は欲しいものは必ず手に入れる性分だからな。あながち間違ってはいない……ふふ」


 ふふ、じゃねえよ……。


 もはや目眩すらする。俺は口をはくはくさせて愕然とした後、慌てて椅子から飛び降りて平伏しようとしたのだが、それは片手で制された。


「やめてくれ。俺は君にそんなことをさせるために来たんじゃない」


「いや、でもっ」


「アッシュ・エヴァンス」


「……っ、は、はい」


「エヴァンス家六人兄弟の長男。今日が誕生日の十八歳、だったな?」


「……う、うす」


「八歳の頃、母親を魔王軍に連れ去られ、九歳の頃、元剣聖の父親が討死。勇者や冒険者に憧れるも、両親の不在を埋めるため家事育児アルバイトに追われスクールにもまともに通えず、これといった学歴職歴もないまま今日に至る」


「……」


「お前に関することは人柄に至るところまで全て、酒場のオヤジから聴取済みだ」


 やっぱり酒場のおっちゃんか……。


 まあ仕方ないだろう。昨日あれだけ騒ぎを起こしたし、今突きつけられたのは揺るぎのない現実だからな。


「だ、だったらなんだっていうんスか……」


 開き直ってむくれたように口を尖らせると、王子はふっと表情を和らげ、俺に書状を一枚差し出した。


「誕生日おめでとう。これは俺からのプレゼントだ」


「へ?」


 俺は半信半疑で首を捻りながら、差し出された書状に視線を落とす。


 ――それは、国が運営する老舗中の老舗、冒険者専用の『職業訓練校』への特待生枠推薦状だった。


「これ……」


「これは我がヴァリアント王国で一番歴史のある、学歴不問・年齢不問・社会人でも入校可能の冒険者専用『職業訓練校VATヴァリアント校』への招待状みたいなものだ」


「……」


「これがあれば試験面接なしの顔パスで訓練校に入校ができ、『冒険者免許』をはじめ、各職業の免許や固有スキル等、あらゆる資格取得が可能。就職に有利になるだけでなく、訓練校修了後、必要とあらば王国騎士団への紹介や王国直下の各戦闘職所属団体への雇用斡旋もする。無論、その訓練期間中においての下宿先はこちらで提供するし、必要経費も全てこちらで持つ」


「な……」


「俺は『勇者』となり得る人材を探しているんだ。これは、お前の将来性を買った上でのスカウトだと思ってもらえればいい。この全寮制の訓練校に入って、俺と一緒に、まずは『冒険者』となることを目指さないか?」


 夢にまで見た冒険者養成学校――厳密にいえば職業訓練校だが――への招待状。


 差し出された切符を前に、俺はしばらくの間、状況が理解できずにただただ呆然としてその書状を見つめた。

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