第4話 勇者、退散する。

 ◇



(やべ……)


 何が飛び出すかはわからない。酒場一つ吹っ飛ばすぐらいの波動砲かもしれねえし、周囲の人間を一瞬で殲滅するような惨殺剣かもしれない。いずれにせよその不穏な空気をいち早く察した野次馬たちが短い悲鳴をあげてその場を退く。


「おい逃げろアッシュ! 危ないぞっ」


 おっちゃんが叫ぶ。しかし、俺は逃げなかった。俺が逃げれば後ろにいるフード男に被害が及ぶし、何より俺自身が逃げたくなかったから。


「くらえっ、秘技……」


「させるかッッ」


 逃げるどころか、むしろ怯むことなく前に飛び出し、奴が大技を繰り出す前に頭突きをかます。


「――⁉︎」


 ゴウン、と凄まじい音がした。思った以上にいい音だった。目の前に飛び散る星々。いってえ、いやマジで痛すぎんだろと涙目で頭を押さえて悶絶する。もちろん、目の前で自称優良男も額を押さえて呻きながら蹲っていた。


「ぐ、ぐぬ、きっ、貴様ァァァ……」


 男はより怒髪天をついたように血眼でこちらを睨みつけてくる。


 だが――。


「……そこまでだ」


 退けない男同士の争いに水を差すような、さっぱりとした声が背後から投げられた。


 ハッとしたように後ろを振り返ると、そこには、俺が庇っていたはずのフード男が、平然と『短銃』を構える姿があった。


「え、ちょ、ま」


「な……」


 銃口を向けられ、一気に顔色を青ざめさせた自称優良男は、唖然とフード男を見つめる。


 俺たちの間に、妙に緊迫した空気が走った。


「さてと、自称優良冒険者くん。いくら冒険者免許があるとはいえ、街中での無用な抜刀は正当防衛あるいは人命救助等、正当な理由がない限り固く禁じられているはずだ。まずは武器を置こうか」


 短銃を構えるフード男は、自分のことを丸々棚に上げ、淡々と男を脅迫――なのか? ――している。


 フードを目深にかぶって黒マスクをしているのでソイツの表情まではよくわからなかったが、妙に堂々として威圧感のある態度と声色だったため、その構えは決して脅しではないだろうことがよくわかる。


「くっ……」


 銃が相手ではなす術がないといったように、大人しく床に武器を置く自称優良冒険者男。


「く、くそ……てめえ、ガンナー志望者だったのか……」


「いや。回復役ヒーラー志望者だが?」


「いやいやいや、なんでヒーラーが銃構えてんだよ⁉︎」


 ……やべ。思わずツッコんじまった。


 自称優良冒険者男と対峙していたはずのフード男は一瞬こっちを見たが、彼はフ、と意味深に嘲笑った(ように見える)だけで、再び自称優良冒険者男の方に視線を戻した。


 なお、『銃使いガンナー』は戦闘職の間でも人気の職種だが、そもそも『銃』なんてものは相当値の張る高額品なわけで、よっぽど金のあるヤツでないと志願ができないし、仮にガンナーの免許をとったところで武器弾薬の維持も難しい。


 今、フード男が構えている短銃も、妙に凝ったデザインで、グリップのあたりに王家の紋章が刻印された、相当高そうなヤツだし……。


(……ん? 王家の紋章? てかこいつ、何者なんだよ……?)


 俺の疑問をよそに、フード男はワナワナ震える自称優良冒険者男に向けて、さらに脅迫? を続ける。


「まあ、俺も今は訓練生の身だからな。極力面倒ごとは避けたいし、揉め事は極力穏便に解決したい。よって、今からキミに三つの選択肢をあげよう。一、今ここで正当防衛を主張する俺の弾丸を浴びて死ぬ。二、今これからうっかり間違って暴発する予定の俺の弾丸を浴びて死ぬ。三、俺の目の前から三秒以内に消える」


「……」


「どれがいい?」


 全く穏便とはいえない解決法を提示し、銃の引き金に指をかけるフード男。


 もちろん自称優良冒険者男は、不満そうな顔でぎりりと奥歯を噛み締めるものの、銃を前にしては素直に従う他はない。


「くそっ……覚えとけよ……」


 悪態づきながらも、『三』を選択した自称優良冒険者男はそそくさとその場から退散していく。


 のちに残されたのはポカンとそれを見送る俺と、ことなきを得てほっとしたようにざわつきを取り戻す周囲の野次馬たち。そして、


「なんだ、口ほどにもないヤツだな」


 と、肩をすくめながらも妙に手慣れた手つきで銃を懐にしまうフード男。


 いやお前、なんで手慣れてんだよヒーラーじゃねえのかよ!? と、そうツッコミたかったが我慢した。変な言いがかりをつけられて銃をぶっ放されても困るしな。


「さて……」


 自称ヒーラーのフード男は短く息を吐き出してから、俺を見た。


「……」


 なんとなく嫌な予感がする。助けたつもりだったけど、逆に助けられた気もするし、今の解決法からしてもちょっとやべえ奴かもしれない気がしたので、深く関わるのはやめようと瞬時に野生の勘が働いた。


「時にそこの金髪碧眼、赤ピアスで幸が薄そうな顔の自称村人Aくん、キミ……」


「あ、あーびっくりした! 悪ぃ、冒険者でもなんでもねえのに、つい思わず口挟んじまった。えっと、なんつうか、その……アンタの疑問っていうか意見にさ、俺も完全同意だったっていうか……ほら、『今の世の中じゃ実力はあっても金がない冒険者たちが資金難に陥って総崩れする』ってヤツ。俺もそう思うからさ」


「……」


「だからその、アンタがはっきり言ってくれてなんかスカッとしたし、そういう正しいことを言ってくれるヤツが力で潰されるのは見過ごせないと思ってついでしゃばっちまったんだけど……でもなんか、俺なんかいなくても全然大丈夫そうな空気だったな。余計なことしてすまん」


「…………いや、」


「っと、やべえもうこんな時間じゃん。ガキたちが学校スクールから帰ってきちまう!」


「あ、おい」


「おっちゃん! 散らかして悪いけど今日はもう帰るわ。また来っから」


「え? あ、おう! おめえのせいじゃねえし気にすんな。気をつけて帰れよ、アッシュ」


 俺はおっちゃんに背を向けたままひらひらと手を振ると、放り投げていた買い物袋の回収や、自称優良冒険者男にぶった斬られた晩飯に使うダイコーンを律儀に回収しつつ、そそくさと撤収準備をする。


 フード男が何か言いたそうにこちらを見てきたし、なんなら俺を引き止める素振りをしたようにも見えたが一切無視した。


 だって、なんか恥ずかしかったから。


 やべえ奴だろうがなんだろうが、相手は冒険者免許を取得しようと学校に通うような健全な学生で、冒険者事業に対する真っ当な倫理観や価値観も持ち、きちんと国の将来も考え、はっきり自分の意見も言えて、高額な銃も持っている。


 学生でもなく、武器の一本も買えず、国の将来を考えたところで脳内で愚痴るしかない、しょーもない俺なんかには決して『守られるべき存在』ではなかったことを痛感すればするほど妙に惨めで恥ずかしくなって、早くこの場から立ち去りたくなったのだ。


「おい、お前。待てって言っ……」


「じゃあな。冒険者免許取得、頑張れよ」


 ――十八歳誕生日前日。


 この出会いが俺の人生を揺るがすことになるだなんて思いもせず、大量の食材を抱えた俺は、フード男の制止も聞かずにおっちゃんの酒場および城下町ジャイロを後にした。

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