第3話 勇者、完全同意する。

 ◇


 振り返ると、場内の中央付近でなにやら悶着が起きている。


 フード付きローブを纏ったすらりと背の高い男が、いかつい体格の男に絡まれているようだ。


「……ふむ。最近は『優良冒険者』などといった言葉まで出回ってるのか。いやしかし、それはいったいなにをもって『優良』だと判断するんだ? 公共施設の扱い方か? それともクエスト等の受注の姿勢なのか?? あるいは……〜だとすれば……のはずで、そもそも入り口から間違っている可能性も……」


「あん? おい、なにぐちゃぐちゃ言ってんだよ⁉︎ 声が小さくて聞こえねえよ!」


「ああ、すまない独り言だ。……ともかく、生意気なクチもなにも、この案件を先に見つけたのは俺だし、横取りしようとしたのはそっちだろう」


「な、なんだと⁉︎ 俺は冴えなそうなお前の代わりにその案件をオーダーしてやろうってんだ。依頼主だって、いくら期限付きとはいえ早く終わる方に任せたほうが良いに決まってんだろ」


「それは依頼主が決めることだ。君が決めることじゃない」


「だからそれが生意気な口だっつってんだよ! つかてめえ、どこのギルドのもんだァ? そこまでいうなら受注条件通りよっぽどの『優良』ギルドに所属してんだろうな?」


「ああ、そのことについても考えていたんだが……そもそもなぜこんな簡単なクエストが高額報酬で、『優良ギルド所属者のみ』しか受注不可なんだ? 下級モンスターの駆除なんて『冒険者免許』さえもっていれば可能なはずだし、なんならヒーラーの俺一人でだってできる案件だぞ。君みたいな力しか取り柄のない頭の悪そうなヤツより、スマートに解決できる自信がある」


 すっとぼけたような声だが、フードをかぶり黒マスクをかけた男は真面目に疑問に思っているらしく神妙な顔つきで首を傾げている。彼の目の前にいる男はいかにも屈強そうな体格で、かなりの剣幕で凄んでいるというのに怖くないのだろうか?


 もちろん、正論を吐かれた柄の悪い男は憤慨したようにカッと赤くなり、目の前のフード男の胸ぐらをガッと両手で掴んだ。


「て、てめえ、誰が頭悪そうだと……?」


 ほら、やっぱり怒らせてる。


 苦笑して目の前にいるおっちゃんにアイコンタクトを送ると、日々の営業で酔っ払いの扱いに慣れているおっちゃんも、やれやれといったように苦笑いを返してから慌てて騒動をおさめにカウンターを飛び出ていった。


「お客さん〜。困りますよ〜」


「うるせえ外野は黙っとけ!」


 だが、柄の悪い男はそれを一喝。おっちゃんを押し退けて諍いを続けた。


「オイコラてめえ、喧嘩売ってんのか? どこのギルド所属か知らんが、ギルドごとぶっ潰すぞ⁉︎」


「残念ながらギルドにはまだ所属していない。最近この活動を始めたばかりで、一国民として、あらゆる旅路に必須となるであろう『冒険者免許』を、今まさに取得中の身だからな」


「はっ! なんだよ、まだギルドにすら所属してない『見習い』とか……笑わせんじゃねえ! だったら尚更てめえには不釣り合いなクエストだろが! 金欲しさに喧嘩売ったところで受注条件は変わんねえんだし、ギルドにも所属できねえ学生のドシロウトは大人しくすっこんでろ!」


「……はあ。わかってないのは君の方だ。そんな横暴が罷り通って『優良ギルド』といった名ばかりの上流組織が甘い汁を啜っていたら、下位ギルドの経営が立ち行かなくなる。下位が潰れれば、金がなくて下位ギルドにしか所属できない実力主義の冒険者たちが資金難に陥って総崩れするだろう。そんなのが常態化すれば、『優良』を求めて『優良』スクールに通える金のある人間しか『冒険者』や『戦闘職』を目指さなくなってしまうじゃないか」


「はあ? おめえゴチャゴチャなに言ってんだ。だからいったい、なにが言いてえんだよ⁉︎」


「そもそも本来、冒険者ギルドを介したクエストの依頼は、困りごとのある一般人が冒険者に助けを求めるために設けられた手段ツールの一つであり、駆け出しの冒険者たちにとっては実績や経験を積む、あるいは目的に向けた資金調達とするためのものであって然るべきだ。このままでは困っている人間に救いの手が渡りきらないばかりか、本当に力のある冒険者が埋もれ、名ばかりで使えない『優良冒険者』がのさばり、魔王襲来の際にまともな戦力も得られず抗う術をなくす。それは国の危機であり一国民であるお前自身の危機にも繋がるんだぞ?」


「ああん⁉︎」


「……」


 ――俺は。


 命知らずの馬鹿正直だなあと思いつつも、滔々と語るフード男の持論には完全同意していた。


(国の危機、か……)


 むしろ俺の気持ちを代弁してくれてスッキリした、まである。


「国の危機とか知るか! そんなもん英雄にでもなりてえ戦闘職の奴らか王国騎士団にでも任せときゃいいしどうでもいいんだよ! んなことより……『名ばかりで使えない』だと⁉︎ てめえもう一回いってみろ‼︎」


「……!」


 やべえ。自称優良冒険者の男、ガチでキレやがった。


 頭は良さそうだけどいかにも非戦闘職っぽいように見える冒険者見習いのフード男が、自称優良冒険者の男の反感を買って武器を抜かれる瞬間、俺は脊髄反射で体が動いていた。


「ひっ! ちょっ、お客さん‼︎ さすがに武器エモノはっっ‼︎」


「どけおっちゃん‼︎」


「……⁉︎」


 両手に抱えていた買い物袋の中から白い根菜・ダイコーンを取り出し、勢いよく駆け出す俺。机や椅子を踏み台にしてハイジャンプすると、鞘から長剣ロングソードを抜こうとする男の『柄部分』めがけてダイコーンを叩き込んだ。


「んな⁉︎」


 相手の意表をついたこともあり、俺の振り抜いた根菜は、あっけなくソイツの長剣を薙ぎ払った。カラン、と取り落とされる長剣。俺はフード男を庇う位置にダイコーンを構えて立ちはだかりつつ、目を丸くしている自称優良冒険者男に向かって一蹴した。


「どこが『優良』だタコ! 自分の思う通りになんねえからって力でねじ伏せようなんざ魔王軍のやってることとたいして変わんねえだろ!」


「……!」


「な、な、な……」


「黙って聞いてりゃ『優良』だの『英雄になりてえ戦闘職に任せとけ』だの好き勝手言いやがって……世の中にはな、英雄や戦闘職になりたくたってなれねえヤツだっていんだよ! 俺はてめえみてえな名ばかりの冒険者のためになけなしのバイト代で『冒険者支援税血税』払ってるわけじゃねえッ!」


「なっ、しっ、知るかボケ! っつうか誰だてめえ、その男の『見習い』仲間か⁉︎」


「うるせえ、仲間じゃねえ。俺は『見習い』にもなれねえ単なる村人Aだ、文句あんのかこの野郎!」


「はあ⁉︎ 村人Aが優良冒険者様に楯突くとか……ふざけんじゃねえぞこのクソガキ‼︎ ぶっ殺してやる‼︎」


 自称優良冒険者男は、突然降って湧いた俺の出現に顔を真っ赤にして憤慨し、腰に番ていた二本目の武器に手をかける。すかさず俺はその手を足で蹴り飛ばしながら、握りしめたダイコーンを本物の剣さながらに振り回して優良男の抜刀を徹底的に阻止した。


 周囲にはたくさんの野次馬がいて、あちこちから野次や悲鳴が上がっている。こんなところで武器エモノなんかを振り回したらガチな負傷者が出かねないし、おっちゃんの店に傷がつくこと待ったなしだからな。なんとしても丸く収めたくて、抜刀させる間もなく猛追して相手を追い込んだわけなんだけれども。


「……くっ」


 男は驚いているようだった。


 なぜならばこう見えても俺は、名もなき村人A以上くらいには剣術に長けているからだ。さっきおっちゃんには『暇がねえ』とは言ったけど、配達バイトで村や町を駆け回る時とか、やんちゃすぎる弟達を追い回す時とか、買い出しや隣家から頼まれた遣いの合間とか、とにかく何かにつけ空き時間さえあれば毎日欠かさず元剣聖である親父の教えを思い出しながら、棒切れなり布団タタキなり細長い野菜を振り回して自己鍛錬していたし、なんなら寝ている間でさえ夜な夜なモンスターどもと(夢の中で)戦っていた。


 別にそれぐらいは無料でできるし。いつ魔物に襲われるかわからない時代だし。一家の大黒柱として弟たちを守んなきゃいけねえし。一度習慣づけた鍛錬は割と身になるもので、おそらく、今目の前にいる自称優良男や、その辺にいる『名ばかりの冒険者』くらいになら負ける気がしていなかった。


 ――しかし。


「きっ、貴様……! 非冒険者の分際で生意気なッッッ」


 だからこそというか。その中途半端に鍛えられた剣の腕が、逆に『自称優良冒険者』の癇に障り、反感を買ったらしい。


 男が逆上したように豪快な力で俺を張り飛ばすと、意地でも腰に番えていた二本目の剣を抜き、俺が手に持つダイコーンを鬱陶しそうに真っ二つに切り飛ばした。


「……っ」


 丸腰になった俺に対し、なにやら怪しい構えを始めるソイツ。戦闘職固有の『大スキル技』を打つのかもしれない。ビリビリと妙な殺気が走った。

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