第8話 勇者、踏み出す。
◇
「ヒャッフーーーーゥ!」
俺の心配など歯牙にもかけず、玩具の大剣を振り回しながら意気揚々と叫び声の出元――騒動の渦中に向かって突き進んでいく三男のラッシュ(十五歳)。
あいつ、勉強はできねえけど完全脳筋体質の野生児で足が早えもんだから、まるで追いつける気がしねえ。
「待てこらラッシュ!! つかなんでそんな物騒なモン持って……」
「はああああレッドマン参上! かかってこんかいクソモンスターどもっ!! ホアチャアッ」
「テッテテテレーッッ! マッシュマン、サンジョウッ」
「いやいやいや、モルジュとマッシュ、お前らもちょっと待てっての!!」
しかも玩具の剣を振り回すラッシュの後ろには四男のモルジュ(十三歳)と五男のマッシュ(十一歳)が続き、奴らは村人に襲いかかっていた魔物――ゴブリンやドデカムカデと呼ばれるモンスターだ――を認めるや否や、輪の中に突っ込んでタックルをぶちかまし、ラッシュは独学で学んだ剣技で、モルジュは村で有名な武道の達人キースじいさん直伝の格闘技でゴブリンに挑んでいき、マッシュも、手に持っていた
「おいおいマジかよお前らあぶねえっつうの!!」
俺は血相を変えて奴らを止めようと思ったのだが、ふと、末っ子の六男ガッシュ(十歳)の姿がないことに気がつく。
「……って、ちょっと待て、ガッシュは⁉︎」
慌てて辺りを見渡していると、後からやってきた次男のメッシュがちょんちょんと俺の肩を叩き、一方を指す。そちらへ視線を投げると、末っ子の六男ガッシュまでもがモンスターの前に躍り出て、なにやらブツブツ呪文を唱え始めていた。
「な……」
「いでよキングドデカムカデッッ!」
「ちょ、ええええ⁉︎」
六男の蟲好きガッシュは、俺の不安や心配などまるで他所に、ドデカムカデよりもさらに大きいサイズのムカデモンスターを召喚し、敵にぶつけて大暴れさせている。
「な、な、な……」
なんなんだよアイツ⁉︎ いつの間に召喚魔法……いや、
だがそんな俺に追い打ちをかけるよう、傍にいた次男メッシュは涼しい顔で笑い、こいつもこいつでなにやらブツブツ詠唱したかと思えば、村人に襲い掛かろうとしていたモンスターに向かってお上品なファイヤー系の魔法をぶっ放っていた。
「グギャアッッ」
「焦げてよし」
「おー。きたかエヴァンス家の悪ガキども! ほれモルジュ、こっちだ、こっちも手伝うんじゃ!」
別の輪でモンスターに対抗していた半裸姿のキースじいさんが声を投げると、意気揚々と飛び出していくキースじいさんの愛弟子モルジュやその他の弟たち。
「アッシュ兄、どけい邪魔だっっ!」
「……っ」
「ホアチャアああ!」
俺はもう、弟たちの思いもよらない活躍に呆然と立ち尽くしていた。
アイツらいつの間にこんなに逞しく育っていたんだろう? って、本気でそんな戸惑いしかない。
助けに来たはずなのに、入り込む隙間もなくポカンとしているうちに、気がつけばいつの間にか、モンスターの群れは弟たちの剣幕やキースじいさんをはじめ、武器を手にする村人たちの気勢に圧倒されたよう尻尾を巻いて退散していった。
いやマジで俺、出る幕がねえっていう……。
「……」
「ふーっ。あー、いい汗かいた」
「なかなか手強い敵だったな。やられるかと思ったぜ」
「モル兄つよかったー! キースじーちゃんよりコンボしてたー」
「そういうガッシュだっていつの間にあのでっかいムカデ仲間にしてたんだよ。つかおめー虫好きだなー」
呆然と弟たちの会話を眺める俺の元に、村のおっちゃんたちと挨拶を交わしていた次男メッシュもこちらへやってきた。
やつは俺の傍らに立って、相変わらず涼しい顔をしながら言った。
「驚いてる?」
「……へ? あ、ああ、まあ」
「僕たち、兄貴が思うほどヤワじゃないよ」
「……」
次男のメッシュはそう呟いて、懐から紙切れを取り出した。
先ほど、王子が俺に差し出した推薦状だ。机上に置き去りにしていたのを、丁寧に折りたたんで持ってきたらしい。
賢い次男は、それを俺に差し出しながら言った。
「心配しないでも、僕たちは自分の身ぐらい自分で守れるし、なんなら村の人たちのことも守る。周りに助けてもらうこともいっぱいあると思うけど、兄弟五人揃って協力しあえば大抵のことはなんとかなるから。……だから、行きなよ訓練校」
「メッシュ……」
「そーそー。メッシュの言うとーり」
次いでメッシュの双子の弟、三男のラッシュも俺たちのそばへやってきた。
「よくわかんねーけどガッコー、いけるんだろ⁉︎ 貰えるもんは貰って、いけるもんなら行っとけって! モルジュとかマー&ガーはメッシュが面倒見るし大丈夫っしょ!」
「ラッシュ……」
「ちょっとなに勝手に決めてんのラッシュ。まあ、でも、すぐ隣にメーナおばちゃんもいるし、叫べばキースじいさんだって駆けつけてくれる。僕らのことは大丈夫だから」
「……」
「そーゆーことー! つかさあ、兄貴は俺たちを自立できない軟弱な男にしたいわけ? 俺もメッシュももう十五よ? 自分のことは自分でできるし、てめえの家族くらいてめえで面倒みれる。今までアッシュ兄に頑張ってもらった分、今度は俺らが頑張る番だからさー。気にせず行ってこいよ」
双子の次男と三男に諭され、返す言葉なく唇をかみしめる。
気がつけば双子の傍らには他の末弟たちの姿もあり、三人とも、一様に不安を微塵も感じさせない得意げな顔で胸を張っていた。
「よくわかんないけどいってこいアッシュ兄ー」
「がんばれアッシュー! どんどんドンドンパフパフ!」
「ガッコーかー! ガッシュも応援するー!」
「モルジュ、マッシュ、ガッシュ……おめえら……」
弟たちに圧倒される俺の肩を、後からやってきた隣人のメーナおばちゃんやキースじいさんが優しく叩き、また、いつの間に集まっていたのか、村の仲間たちが、こぞって俺に温かい眼差しを向けてきていた。
「ちょ、みんな……」
「話聞いたよアッシュ。なんだい水臭いじゃないのさ。あんたんところの悪ガキどもならあたしに任せな! その代わりと言っちゃあなんだけど、冒険者になってちゃちゃーっと、攫われたうちの愛娘を連れ返してきておくれよ」
これはメーナおばちゃん。
「そうそう。うちも今朝、王家の遣いとやらから話聞いたぜ。アッシュを冒険者にスカウトするたあ見る目あるじゃねえか。村半壊後の復興やら人手不足の補充やらで助けられた分、今度はこっちが助けてやっから。ヤンチャ坊主たちのことは俺らに任せて、海でも山でも魔界でもどこへでも好きなところに行ってくるといいさ!」
これは俺の配達アルバイト先の道具屋の店長。
「ふぇふぇ。若いってええのう。八十超えたとてわしもまだまだ現役じゃからな。もんすたあなんぞに負ける気はせん。モルジュや、なんなら他のガキンチョたちのこともびしばし鍛えといてやるから、ヴァニラ村を代表して一旗あげてこい……のう村長?」
「うむ。アッシュは今まで、村のためによく尽くしてくれたからのう。これからはワシらがお前に恩を返す番じゃ。立派な冒険者になって、あわよくば憎き魔王を倒し、奪われたままで未だ行方不明になっとる女娘たちを村へ連れ戻してきて、なんならその中から嫁の一人でも娶るがよい。ふぉふぉ」
最後の方はよくわかんねえ背の押され方だったが、俺は村長や村のみんなの気持ちをありがたく受け取るよう、拳を握り締め、唇を噛み締めて前を向いた。
いつからいたのか、物言わず俺たちのことをただ黙って見守っていた王子と目が合う。
俺は、弟たちから受け取った推薦状を、しっかりと手に握りしめながら言った。
「王子」
「いや、少しは包み隠せ?」
「イル……さん……?」
「『さん』もいらんのだが、まあそれは追々か」
「うす。あの……これ、やっぱり受け取っていいすか?」
「やる気になったか?」
もう迷いは吹っ切れた。
ここで立ち上がらなきゃ男が廃る。
「ああ、やってやんよ。石に齧りついてでも冒険者になって、魔王の野郎をぶっ飛ばしてやる」
「ふふ。その調子だ」
漲る闘志に燃えた瞳で王子を見やる俺に、王子は手を差し出す。
なんか気恥ずかしいから、俺はその手を握らずに片手でパンと叩き、ついでに自分の両頬をべチンと叩いて気合いを入れてみせた。
「よろしく頼むぞ、アッシュ」
「おー」
かくして俺は、立派に成長していた弟たちや村人の仲間たちに背を押され、生まれ育ったヴァニラ村を出て訓練校へ入ることを決意。
王子からの十八歳の誕生日プレゼントとなる『冒険者専用職業訓練校――ヴァリアント校――』への切符を大切に胸に抱えて、勇者になるべく第一歩を踏み出すのであった。
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