11「母体」
時間が過ぎて、夏の戦場に来ている。
この日は、とても暑く、汗が流れてくる。
速水が手伝ってくれるといったが、ここは自分の戦場。
一人で頑張る。
この日持ってきた武器は、絵本の子供用と大人用の新刊に、在庫だった。
色々あって、時間がとれなかったから、新刊はギリギリだった。
次々と売れていく。
在庫は抱えたが、何とか四分の三は売れた。
それからである。
一通のメールがきた。
メールの件名は、絵本について。
内容は、絵本の感想だったが、添付ファイルが備え付けてあった。
添付ファイルを開くと、そこに移っていたのは、あの時無くしたUSBメモリーだった。
感想の最後の行に「八月二十日正午に、例の横断歩道で待っています。」と、書いてあった。
一夜は、少し悩んだ。
感想を読むと、どうやら女性のようだ。
初めて現実で会うのは、とても引けた。
しかし、USBメモリーを人質にされている以上、行かないといけない。
速水に相談した。
速水は、怪しいと言っていたが、一緒に行ってくれるといってくれた。
その日、一人じゃないと会ってくれないと思い、横断歩道よりも少し外れた所でガードレールにもたれて、一夜は待っていた。
速水は、会話が聞こえる程度の距離でいつでも出られるように、待機していた。
すると、一夜に近づいてくる女性がいた。
「この絵本を作った、
神夜というのは、本を作る為に名乗っている名前だ。
自分の本名から、とって付けている。
絵本を片手に差し出されると、一夜は肯定した。
すると、女性は、一夜の顔に自分の顔を近づけて、ジッと見ると、納得した顔をして、顔を遠くする。
「君、神谷一夜君だよね。」
「はい、そうです。」
「やっぱり、私よ。そう、土筆幼稚園で君に本の作り方を教えた。」
一夜は、女性を見て、記憶を探っても、顔までは思い出さない。
だと思い、女性は、その時一夜に見せた本を持ってきていた。
本を見たら、一夜は思い出した。
「思い出しました。」
「よかった。」
女性は早速、USBメモリーを一夜に返す。
経過を話した。
女性は、横断歩道で押しボタンを押せない一夜を見かけて、押した。
一夜が女性を見たと思った時、いきなり一夜が倒れた。
声をかけても意識がなかったから、救急車を呼んだ。
救急車が来て、一夜を病院へ輸送した後、女性の足元にUSBメモリーが落ちていた。
家に帰ってみると、設定資料が書かれていた。
このUSBメモリーを、本人に返そうとしても、自分は大人で、相手は高校生。
高校は、制服で分かったとしても、接触は難しかった。
この横断歩道で待っているとしても、ストーカー扱いされないかと思い、出来なかった。
ある時、一夜を見つけたが、その時は彼女が一緒で、声を掛け辛かった。
でも、夏の戦場でフラと立ち寄った絵本エリアで、目が引かれた。
絵本の製本が、女性が教えたのと同じだったからだ。
絵本を作った人物を見ると、あの横断歩道での高校生だった。
戦場で声を掛けようとしたが、USBメモリーを持っていなかった。
だから、本を買い、メールをした。
「そうだったのですか。このUSBメモリー、探していたのですよ。届けてくださり、ありがとうございます。」
「ふふっ、所で、あの女性は彼女だよね?」
「はい、女性と会うから、黙っている訳にもいかないし、危険な人だったら、警察を呼んで貰える様にと思いまして、一緒に来て貰いました。」
速水は、一夜に手招きされて、傍に来る。
話を聞いていた速水は嫉妬しなく、素直に女性にあいさつとお礼が言えた。
女性は、二人を見て、懐かしいと一言呟いた。
「ごめんなさい。なんだか、懐かしくて、私にも幼馴染が三人いてね。目の治療で入院していたの。明日退院って時に、三人とも、病院近くで起きた事故で亡くなってしまって、それを思い出したの。」
一夜は、兄達の好きな幼馴染だと思った。
速水もその話は知っていて、一夜と目を合わせる。
兄達が覚醒したのは、夕方、十六歳、そしてこの女性というキーワードが揃ったからではないかと、考えた。
あの日の、ここの場所。
十六歳の誕生日を迎えて、学校帰りの夕方に、この兄達が惚れた女性と会った。
それが、兄達が意識を持つ材料であった。
そこまで、一夜と速水と一瞬にして、考えた。
そして女性に視線を向き直すと、女性は、不思議そうに一夜と速水を見ていた。
この女性にも、先日起こった不思議な現象を言うべきかと思ったが、結局、女性には言わなかった。
今は、兄達がいないし、証明出来ないからである。
それに、話を信じてくれても、どうしようもない。
「では、USBメモリー返せて良かったのと、本を作り続けてくれてありがとう。今度は、神夜さんのファンとして、物語読むね。今回の絵本も、すごく楽しかったわ。この物語、子供に読ませるといいかも。個人作成に留めるの、もったいないよ。どこかに持ち込んでみたらどう?ちゃんとした本にして、出版されれば、世界中の子供たちが読むと思うよ。」
その一言を一夜に届けて、去っていった。
「もったいないか。」
「一夜?」
一夜は、速水の肩に手を置いた。
その反動で、速水は後ろに一歩下がる。
「久我、もう一度、陸上やらないか。」
「は?」
「俺、久我が走っている姿、好きなんだよ。あれだけ早く走れるの、とってももったいないって思っていたんだ。今からでも、遅くないと思うんだ。」
「いやよ。」
「なんで?」
速水は、頬を赤く染めて、小さく発する。
「足が太くなる。」
一夜は、速水を抱きしめた。
速水は、外で抱きしめられて、とてもあたふたしている。
「本当、久我は、かわいいな。」
「一夜、ちょっと、ここ、外だよ。」
「久我、結婚しよう。俺が、十八歳になったら、直ぐに籍を入れよう。」
「は?」
「は?じゃない、返事は?」
速水は、耳まで赤くして、一夜の顔を見た。
「しょ、しょうがないわね。いいわよ。」
それから、速水は、文芸部を辞めて、陸上部に入った。
元々、足は速いから、練習次第では、この五年間は取り戻せると思った。
高校三年生の二月七日。
一夜は、十八歳になった。
その日に籍を入れに市役所へ行き、速水は神谷の家に引っ越しを開始した。
神谷久我になった。
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