10「墓地」
朝ごはんを食べて、出かける用意をした。
「では、行ってきます。久我。」
「作法、きっちりとね。一夜。帰って来たら、連絡してね。」
「忘れてなかったらな。」
「忘れないで。」
速水を車で家まで送り、別れる時に、速水と兄達は、二言、三言話しをして、玄関先で別れた。
墓は、兄達が住んでいた地域では、一カ所に集められていた。
だから、陸の母も、空の両親も、そこの墓にいる。
もちろん、自分達も一緒にいるのだが、自分の墓参りも含まっていると思うと、なんだか不思議である。
墓に行くと、ちらほらと人がいた。
その中に一人いた。
「青田さん。おまたせしました。」
話しをしていた朝彦が、青田の父に声をかけた。
青田の父を見た時、一夜は、顔つきを変えた。
それは、青田陸の顔立ちで、早速、一夜の身体に陸は入った。
「こちらが、話されていた。」
青田の父が、一夜に声を掛けると、一夜は微笑んだ。
一夜…ではなく、陸は、少しシワが増えた位だが、まぎれもない十六年間見て来た父の顔を見た。
「声を聞かせて貰えないだろうか?陸。陸と神谷さんの息子さんに起こった事は、神谷さんから聞いているから、安心しなさい。」
すると、陸は、口を開いた。
「父さん。」
「陸。会えて嬉しいよ。」
その時、陸は父に抱き着き、少しだけ涙を流して泣いた。
陸が落ち着いたのを確認すると、早速、青田家のお墓に来た。
お墓はとても綺麗にしていて、花も優しく生けてある。
「これ、父さんが?」
「そうだよ。昨日、再婚した人と、息子二人で綺麗にしたんだ。」
「家族の事は、知っている。俺の弟、元気?」
「元気だぞ。二人とも十歳だけど、結構、賢くてな。その、陸に重なる部分もあって、少しだけ懐かしい気持ちになるんだ。」
「弟達、守ってやってくれよ。」
「もちろん、お母さんに誓って。」
眠っているであろう母に誓って、陸も、父達を見守ると誓った。
「では、今度は黄田君のお墓に行こうか。」
青田の父が、黄田の名前を出すと、急に一夜の表情が変わった。
とても後悔している顔していた。
「へー、息子さんの顔、こんな風に変わるんですね。」
「ええ、最初は戸惑いましたが、もう慣れました。」
「息子さんがいてくれたから、もう一度陸と話が出来ました。本当に感謝しています。」
「いえ、陸君が血を分けてくれなかったら、一夜は今頃…、陸君だけではなく、空君、海君がいてくれたからだと思いますよ。」
青田の父は、神谷の話を聞いても信じてくれて、ここまで協力をしてくれた。
とてもいい人だと思う。
「では、黄田君。こちらですよ。」
青田の父は、手を平にして、墓を紹介した。
黄田は墓を見ると、綺麗にしてあった。
「これ、青田さんが?」
「そうだよ。昨日、まとめてね。」
「ありがとうございます。」
「いえ。」
黄田は、静かに手を合わせて祈った。
何も言葉が無かった。
暫く、黄田は、墓を見ると、目を伏せて、一夜に変わった。
「えーと、青田陸さんのお父さん、はじめまして、俺…僕は、神谷一夜です。十六年前に陸さんから血を提供して下さり、ここまで元気に過ごしています。本当にありがとうございます。」
青田の父は、礼儀正しい一夜を見て、先程の自分の息子、陸や、黄田空の顔立ちが嘘みたいに感じられた。
「こちらこそ、受け取ってくれてありがとうね。聞いた話だと、陸をお兄さんだと思っているらしいけど、それでいいと思うよ。陸で良ければ、相談するといい。」
「はい、陸兄は、とても助けてくれます。」
「いい、兄なんだね。」
「はい。」
それを聞いて、青田の父は安心した。
そして、一夜にもう一仕事をして貰えるかと訊いた。
「実はね、僕の車に、赤田君のご両親がいるんだ。会ってくれるかな?」
瞬間、一夜の表情と雰囲気が変わった。
赤田海だ。
「青田さん、感謝いたします。どちらですか?」
海は、背筋・胸・指をピンと張り、姿勢を良くした。
赤田の両親にも、青田の父と同じに説明をしている神谷夫妻。
神谷夫妻は、この件において最後の仕事だと思い、赤田海が両親に出会うのを見守る。
青田の父が運転する車に着くと、そこには車椅子に乗った赤田の父と、それを後ろで操縦する赤田の母がいた。
海は、目を父に真っ直ぐに向けると、父は一息吐いた。
「こんなバカな事があってたまるか。」
「父上。」
「目の前にいるこの子に、海が乗り移っているだと、信じられん。」
すると、海は、一言、一夜に許可を得る。
「一夜、明日から筋肉痛になるかもしれないけれど、覚悟していて下さい。」
海は、一夜の身体で、道場で毎日していた動きをした。
赤田の父は、その動きを見ると、一夜が海に見えてくる。
身長差があって、海の動きが出来ないと思っていたが、伊達に海は十六年間、一夜の身体に入っていない。
とてもキレがよい動きをした。
一通り動きをすると、やはり、運動をしていない一夜の身体は、息が上がっていた。
瞬間、青田の両親は、涙を流していた。
本当に、そこに海がいるみたいだ。
「本当に、海なのか?」
「はい、ご無沙汰しております。」
すると、赤田の母は、海を抱きしめた。
とても、暖かい。
「海、海、海……。」
何度も海の名前を呼ぶが、腕の中にいる人の様子が違った。
赤田の母は、腕を緩めて見ると、先程の顔ではなかった。
「海兄なら、恥ずかしくて、俺に変わりました。」
「は?」
海は、一夜に身体を返していた。
自分だと分かって貰っただけで良かったという。
「なんだよ。海は。」
「本当。」
海は、一夜や陸、空に話しかけられても、それからは出てこなかった。
時間が過ぎて、帰る時間になった。
お互いにお礼を言って、それぞれの家に帰った。
帰ると、一夜は、先に風呂へと勧められ、その間に夕海が夕飯を支度し、朝彦は報告書を作成した。
そして、一緒に夕飯を食べ、歯磨きをし、一夜は自分の部屋に来た。
ふとベッドを見ると、速水が寝ていたのを思い出して、速水に連絡した。
速水からのメッセージは、早く、お疲れ様とお帰りがあった。
「はー疲れた。もう眠って良いよな?」
兄達に言う。
「ええ、ゆっくり休んでください。」
「本当ありがとうな。」
「おやすみなさい。」
兄達は、一夜の頭を撫で、一夜の頭に意識を集中させた。
「いつでも、一緒にいるよ。」と兄達は言い、一夜が眠るまで、愛おしく微笑み、撫で続けた。
次の日である。
一夜の感覚は、痛覚から始まった。
筋肉痛である。
朝彦は、そうなるだろうと思い、一夜の部屋に来てシップを持って来ていた。
痛い所に貼って貰う。
「今日、一日、ゆっくりしなさい。」
「はい。」
朝彦は、一夜を抱きしめた。
一夜は、目を丸くした。
「お疲れ様。」
すると、一夜も優しく朝彦を抱きしめた。
「父さんこそ、お疲れ様。」
そして、部屋まで朝食を運んでくる夕海が来て、朝食が食べ終わったら、ベッドへと横になる。
朝彦と夕海は、そっと一夜の部屋から出た。
一夜は、覚悟をしていた。
今日の夕方、兄がいないかもしれない。
静かに、部屋の雰囲気を訊くと、筋肉の痛みが自分の身体を認識する。
一度、眠りに落ちた。
「一夜、起きて。」
その一言で目を覚ました。
視線に飛び込んできたのは、夕海だ。
部屋は、オレンジ色をしていた。
「夕ご飯だけど、食欲ある?」
「ありがとう、あるよ。」
「そう…一夜、もしかしたら、もう……。」
「うん。兄、いや、あの三人の意識は、感じない。」
「やはりね。」
夕海は知っていた。
両親に会えたら、もう、三人は消えると。
だから、今日、筋肉痛を理由に休ませたのだ。
「もう、オレンジ色になっているのに、俺が心で呼びかけているのに、声が聞こえない。三人が感じられないんだ。」
「探偵やっていると、急にいなくなるって事件に遭遇するわ。でも、今回は、とても寂しいって思う。だって、私にとっては、息子が三人出来た気分だった。」
「父さんも。」
「ええ…、寂しいと思っているわ。」
一夜は、両親と夕食を採り、色々と話し合った。
風呂に入り、歯磨きをして、部屋へ行くと、スマートフォンが鳴った。
表示を見ると、速水だった。
「久我?」
「一夜、大丈夫?」
「なんで、大丈夫?」
一夜は、ベッドに腰を掛けて、スマートフォンを持っていない手を握った。
「なんでって、寂しくしてないかなって。」
「寂しいって、なんで思うの?」
「んー、あの日、お兄さん達と話した時に、なんとなくね。」
「久我もすごいな。」
「も?」
「母さんも鋭くて、俺を慰めてくれたよ。女の感ってやつなら、すごいな。」
「もう……明日は学校に来る?」
「行くよ。行かないと、兄達に心配かける。」
二言、三言、話をして、通話を切断した。
少し立ち、一夜は泣きそうになったが、堪えた。
「うん。切り替えよう。今は、精一杯、前を向いて生きよう。」
寝付けないが、無理矢理寝付いた。
不思議な経験をした一夜は、兄達がいない生活へと戻った。
しかし、速水との仲は進展したし、自分も自分自身に自信を持てた。
兄達は、後ろを押してくれたのかもしれない。
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