8「準備」
次の日、目が覚めた後、昨日の出来事を思い出して、一夜は顔を赤らめた。
この年で、大泣きするとは思わなかったからだ。
なんだか、目の辺りがふくらんでいる気がする。
「陸兄?」
一度、話せるか声を出してみたが、話せない。
「空兄?」
空も答えない。
「海兄?」
海も答えない。
消えてしまったのか?と思ったが、夕方にもう一度試そうと思った。
夕海は、心配になって、一夜の部屋に来た。
一夜の顔を見ると、微笑んだ。
「今日は、学校、お休みしましょう。そんな顔では、心配かけてしまいますわ。
それに、お付き合いなさっている速水さんは、そんな顔の一夜を見たらきっと、取り乱してしまうかもしれませんね。」
夕海は、自分のスマートフォンを起動させて、カメラ機能で一夜の写真を撮り、写真を一夜に見せると、確かにそうかもしれないと思う位、ひどい顔だ。
夕海は、一度、一夜の部屋を出て、暫くしてから、もう一度入ってきた。
「顔は、一度、おしぼりで拭いてね。その後、目の腫れを取る為に、氷で冷やしましょう。その後、充血した目を、目薬して、声も少しだけれど、乱れていますから、飴と水分補給ね。」
回復するための道具を持って来てくれた。
一夜は、夕海の言う通りにする。
しばらくして、何とか、目の辺りが熱を帯びていたのがなくなってきた。
夕海は、一夜の部屋から出ようとした時、窓から玄関を覗くと、そこに速水がいた。
急いで一夜の部屋を出て、速水と話をする。
玄関から出てきたのは、一夜の母だったから、速水は心の準備なく、あたふたしていた。
「久我さん。いつも、一夜とお付き合いありがとうね。」
「い…いえ、こちらこそ、一夜…君には、とても良くして貰っています。」
緊張をしているみたいで、髪に留めたピンが身体の振動で落ちそうになっていた。
「今日ね、一夜、お休みさせるわ。」
「えっ、体調が悪化したとか?」
「いえ、昨日…というか、もう、今日ね。今日の朝まで、物語を書いていたらしくて、寝不足になっていて、フラフラしているから、お休みしなさいといったの。今日、体育ありますでしょ?そんな状態だと、先日、急に倒れて入院しているし、心配だからね。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ、これからも一夜を、よろしくお願いしますね。」
速水は、自分が歓迎されていると知ったと同時に、嬉しさが積み重なり、今日はとても授業どころではなかった。
「母さん。良い言い訳だが、また、何か言われそうだ。」
「でも、一度、徹夜までして書いていた時があったじゃない?しかも、中学三年の次の日が高校受験日っていう時に。」
「あの時は、緊張して眠れなかったからであって。」
「でも、そういう成績だけは一夜は良かったから、筆記は心配してなかったけど………、よく徹夜明けの顔で、面接通ったなって、思い出しましたわ。」
「こんな顔していましたか?」
「今日の顔よりも、もっとひどかったわよ。」
そんな事を話していると、朝ご飯が出来たと朝彦が一夜と夕海を呼びに来た。
その日は、家で過ごし、夕方になった時、一夜は驚いた。
「一夜、昨日ぶり。」
陸が声を掛ける。
一夜は、自分が声を掛けずとも現れた陸に、涙があふれて来た。
消えてしまったと思っていたからだ。
「あー、一夜、泣かないで。」
「どうやら、夕方が目覚めるきっかけになっていて、一夜が眠ると会話出来なくなるみたいだな。」
空は、昨日の事を話す。
一夜が、眠った時、自分達も一夜の身体に吸い込まれた。
朝彦と夕海が、一夜の傍にいる三人に声を掛けたが、反応がなかった。
「なるほど………待て。それだと、陸兄と空兄の墓参りをする時は、俺、夜、寝てはいけないのか?」
「あー、そうかも。」
空は、墓参りは一夜の身体を借りれば良いと思っていたが、思い返せば、病院で話した時も、今回も、夕方だった。
朝から夕方まで、一夜の身体を借りようとすると、一夜が前日の夕方から眠ってはいけない。
「朝から夕方まで、睡眠とらないとな。」
「面倒かける。」
「いいよ。一日や二日位の睡眠負債は、覚悟の上だ。」
すると、朝彦が仕事から帰って来て、一夜の部屋へ来た。
朝彦も、墓参りについて話をしたかったから、兄達と話が出来る状態を確認すると、早速、打ち合わせをした。
「五月の連休に、青田君の父親が、黄田君の所も含めて墓参りに行く情報がある。それに、付き添おうと思うのだが、いいか?」
その申し出に、了解した兄達。
一夜は、今年の五月の連休は、本を売るイベントがあって、毎年参加しているが、今年は仕方ないと思い諦めた。
墓参りに日まで、普段通りの生活をした。
速水との関係も良く、いつも一緒にいて、笑顔が絶えない日々を過ごした。
「そういえば、五月の連休はどうするの?イベント参加するの?」
速水が聞いて来た。
一年で行われるイベントを把握し、一夜が参加する日を記憶している。
「いや、今回は、家族の用事で五月の連休はイベント参加しないよ。」
「そうなの?その用事って、大変なの?」
「うん、大変。」
速水は、自分の両指を絡めさせながら、視線を一夜に向けた。
「あ…、私で……手伝える事…ない?」
一夜は、自分の腕を組んで、頭を上に向けて考えた。
「連休の一日目だけど、ある事にはある。」
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