第4話

「仕事を斡旋しよう」


 沈黙をやぶり明るい声が飛ぶ先ほどの思考のうずから抜けられずにいた俺が言葉の意味を理解する前に服が飛んできた。

 茶色のオーバーサイズな上着に袖を通す。  彼女の黒衣が印象的だったせいでこの場所には黒い服しかないように思えていたがそんなことはなかったらしかった。

 アシュリスはじっと見つめられながら服を着る。

 殺風景な部屋なので他に見つめるものがないのは分かるが気恥ずかしい。

 着替え終わるとこっちこっちとアシュリスが手招きしてくる。

 扉をくぐると別の部屋へと繋がった。

 言葉を失う。リビングだろう。しかし、これほど生活感を失った部屋があるだろうか人が住まなくなった部屋には、雪のようにほこりが積もるしかし、そういったものはここにはない、でもそれだけだった。

 しかし、これほど生活感を失った部屋があるだろうか人が住まなくなった部屋には、雪のようにほこりが積もる。

 しかし、そういったものはここにはない、でもそれだけだった。

 丸いテーブルに背もたれ付きの椅子が二つそしてやけに大きい本棚が部屋の隅に大きな影を作っている。

 本棚には、一冊だけ本か置かれているが横に別の本がなくぺたんと横たえられている。 それらに使われ方を忘れられてしまっているような物悲しさを覚えた。


「行こうか」


 外への扉が開け放たれ寒々とした風に肌を撫でられる。

 青色、翠色、紫色、そんな髪色をした人々

その全員が染めているわけではなく自分の色としてその髪を持っていた。僕が彼らを見る目と同じぐらい奇っ怪なものを見る目で僕のことを見つめる。石畳がなく舗装されてない道を彼女について歩く。

 よく見ると裸足の人も多い。

 そうした、情報の濁流に飲まれないようにすぐに下ばかり見る。

 視界は、必然的に前を行くアシュリスさんの足ばかりになる。

 その歩速は決めかねない様子でやけに緩やかになったり自然な調子に戻ったりと忙しかった。


「お腹空かない?」


 唐突に彼女は言う。言われてみればかなり空いている。例えば不死でも腹は空くようだった。素直に肯定すると近くの屋台へとかけていく。


「どれがいいとかある」


「……」


 どうやら串焼き屋らしいその店には商品名らしきものが紙で張り出されているのだが見事に読めない。

やけに曲線の多いその未知の言語に頭をひねりながら目を滑らせると強調された様に認識できる文字が目に入った。9、1214、数字だ。おそらく商品の価格を示しているのだろう。


「じゃあ一番安いので」


「ん、じゃあ私と一緒だね」


 アシュリスが革袋から銀色の硬化を取り出す。

 それを店員がちらりと見て嫌な顔をしたのを俺は、見逃さなかった。


(一番安いのが二本で釣りの銅貨36枚と更に小さい銀貨一枚つまり大きい方の銀貨価値は銅貨100枚分で小さい銀貨は50枚だろうか)


「はいこれ」


 そんな思考が串焼きの発する香ばしい匂いによって引き裂かれる。

 貪るように食べるうまい柔らかい肉の食感と濃い味付けのタレが味覚をゆすり始めてこの世界に触れられたような感覚に陥る。

 毎日これを食べられるのなら生きていてもいいのかもしれない。1日三食食べようと思えば銅貨21枚それが1週間なら…。

 思考が嫌な方へと舵をきって行く事態を好転的に捉えられない串にはもう肉は残っていない。味にもっと集中すれば良かった。

 たった1秒前の過去が後悔となって降り積もっていく。


「……お金か」


 漏れ出した声は彼女に聞こえなかったのか聞かなかったことにしてくれたのだろうか。

 市場を抜け酒場が軒を連ねる通りを歩く俺は前を行くどこかおぼつかない足取りをだけ視界に入るようにしてそれよりずっともおぼつかない足取りで歩いた。

 ふらっとその足がふっと路地裏の方へ入っていき慌ててそれに続く。

 あたりの光源がぐっと少くなり、視界が暗くなる彼女との距離を少し縮める沈黙が続いていく。

 その理由は辛気臭い顔をしている俺自分にあることは明白なのでなにか話しかけようと思うが、


(記憶喪失の俺に気の利いた話題など見つけられるわけがない)


とその考えを切り捨てる。

 そんなことをしているといつの間にか彼女の歩みが止まっていた。

 どうやら目的地のようだ。酒場だろうか表通りのものと比べるとこじんまりとしているしかしそれよりも俺は店の看板に釘付けにされる。

 いや正確に言うならそこに並べられた文字列にだ。時、雨シグレ木の板に筆で書かれた黒文字が頭を廻るなんでこの文字がここにある?

 なぜ読めたのだろうか普通に読むのならばトキアメかそういったところだろうそうだどこかでこの読み方であると知ったのだ。


(どこで?)


 その記憶に手を伸ばそうとする。

 しかし、その手に反発するかのように記憶は思考の奥の方へと逃げていく意味のない。堂々巡りだ。頭が痛い。ただ1つ確信したことがあった。

 俺の記憶は誰かによって意図的に奪われたのだ。

 放心していた俺に、別の嫌悪感が加わった上着のポケットからするりと知らない男の手が引き抜かれるもちろん何も持っていない俺は何も取られていない。


(返せよ)

 

 記憶を奪ったのはもちろん彼ではない。

 声をかけるかその逡巡の間に男との距離はわざわざ声がけする距離を超えていく。


「どうかした?」


「……いえ何でもないです」

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