第3話

 毎日、日の変わり目のインターフォンが押されるようになった。優しかった蓮はだんだん口調が荒くなっていった。


「お前、浮気してたんだろ? そいつが嫌がらせしてんだろう?」

「だから知らないって」


 一度ついてしまった嘘をこのタイミングで覆すとますます信じてもらえないかもしれない。でも、寺橋くんのせいで私と蓮は寺橋くん以外のことでも喧嘩をするようになってしまった。


 職場で見かける寺橋くんの顔色は埃のような灰色をしていた。動いているから生きていると認識できるけど、止まっていたら死んでいると思われても不思議ではない。もう一度寺橋くんに抗議したかったけど、怖くて声をかけられなかった。やっぱり警察に相談しようか。もう全部正直に話そう。


 お酒も飲んでいないのに全身に疲労感を纏ったままアパートの前まで到着するといつもついているはずの部屋が真っ暗だった。スマートフォンを見ると、蓮から一件、LINEが届いている。


『もう俺、美香のこと信用できなくなった。毎日インターフォンを押してくる男のことも怖いし。だからもう別れよう。部屋に置いてある俺の荷物は全部持ってきたから。もし忘れ物があったら捨ててくれて大丈夫です』


 まさか。喧嘩が絶えなくなったけど別れることになるとは。プロポーズを受けたわけではないけどお互いの両親の顔も知っている。寺橋くんがあんなことしなきゃ……。


『嫌だよ。私、蓮とずっと一緒にいたい。男のことは正直に言うと、飲み会のときに告白された会社の同僚なの。浮気って思われたくなくて嘘ついちゃって正直に言うタイミング亡くしてた。ごめん。でも本当に浮気はしてないの。向こうから一方的に嫌がらせしてくるだけなんだよ。お願い信じて』


 私の送ったメッセージはじっと見つめていても蓮が見ることはないまま部屋に秒針の刻む音だけが響いていた。でもまた日を跨いだとき、部屋中に電子音が鳴り響いた。私はインターフォンの通話を押した。


「あんたが毎日嫌がらせするから、蓮がでていったじゃない! どうしてくれんだよ!」


 私の怒鳴り声は聞こえているはずなのに、寺橋くんは突っ立って画面越しに私を見つめたまま何の反応もしない。サンダルを履いて階段を下りた。殺してやる。エントランスに到着すると寺橋くんの姿はどこにもなかった。私のことが好きな癖に、卑怯なことしたらすぐに逃げるんだ。


 もう一度部屋に戻る気力が湧かなくて、スーツにサンダルという格好のまま、エントランスにある横長の椅子に座ったまま動けなくなった。

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