第7話 犬か猫かと聞かれたら、素直にモフモフな方と答える

 ダンジョンから脱出することができたユーヤ達は、まず探索者協会へ足を運び、事情を説明した。

 16層という浅い階層に、40層以降に出るドラゴンが出現したというのはあまりにもショッキングな出来事であった。そのため、池袋支部長室に通され、みっちりと聴取をされてしまった。


 終わった頃には時刻は20時を少し過ぎたあたり、門限に間に合わせるぞ! と連絡先を交換した直後に『星降る夜に』が走り去った後である。


「そんなに連絡先を交換したかったんですかね」

「ファンサだろ、多分」

「あんま期待してもしょうがないだろ。でも、新曲情報とか出演番組の宣伝とか一足早く手に入りそうで嬉しい」

「……鈍感?」

「私もあれは個人アカウントだと思います」


 鈍感男3人衆がポケットに携帯電話を仕舞うのを見ながら、女性2人が聞こえないくらいの声でツッコむ。


「というか、まだいたのね」

「そうですね。大人として、皆さんを送り届けた方がいいか、と」

「私と亮太は迎えが来て、信也はもう迎えが来たみたいね。送るのはユーヤだけかしらね、そうなると」

「そうですか。では、行きますか?」

「はい、分かりました。じゃあ、皆、バイバイ」


 ユーヤとアリスが歩き始める。高原と郷田は、見えなくなるまで手を振ってくれた。


 ユーヤは歩きながら、首裏を掻く。斜め後ろから視線を感じるのだ。無言のまま。彼としては、無言というか静寂が怖いため、何か話題を振りたい。振れるほどのトークデッキを持っていなかったが。

 それにしてもなぜこんなにも視線を送ってくるのか。ユーヤは必死にない頭を使って考えてみる。当然答えになど辿り着けるわけないが、何かしらの糸口が見つかるかもしれない。神の視点からみれば、土台無理な話だが。


 そこで、1つの考えが去来する。一目惚れか? 1秒後にはその考えを破棄する。こんな冴えない平均以下の異性に惹かれるやつなんぞ、いるわけないだろう、JK常識的に考えて


 そして、無い頭の馬鹿が必死に脳を回転させて得た答えは――――、


「アリスさん、ずっと僕のこと見てませんか?」


―――直接聞く、だった。


「そうですね。見ていますよ?」

「え!? 何でですか⁉」

「なぜ? ルーレットで大当たりを引いたからです」

「へ? あ、ルーレット?」

「はい。ルーレットです」


 ユーヤの想定していた答えからかけ離れすぎていたため、頭の中が真っ白になってしまう。ルーレットってあれだよね、盤を回して、何番が当たるでしょうかってやつだよね? ユーヤにとって、正直、それくらいの認識である。


「そう言えば、ユーヤさん」

「あ、はい、何でしょう」

「実は私、今日泊まるところがなくてですね」

「へ?」

「泊めてもらうことは可能でしょうか」

「えっと、お父さんとお母さんと妹に聞かないと」

「え、駄目でしょ?」

「わ! 友子!」


 成人女性1人と泊められる場所があったかどうか考えるユーヤの後ろに、ユーヤと違いとても美しい黒髪の女児がいた。


「私はアリスです。貴女は?」

「これはどうもご丁寧に、私は神谷友子、お兄ちゃんの妹です。って、アリス!? あの人類最高峰の⁉ 日本に来ていたんですね……」


 アリスの名前を聞き、兄を睨みつけていた妹の目は真ん丸と見開かれた。それほどまでに、ここにいるのが不自然な人物ともいえる。


「ところで、駄目、ですか?」

「は、はい。こ、来られても泊める場所なんてないですし、相当ビッグネームなんですから、ホテルでも即日対応だってしてくれるんじゃないですか?」


 圧倒的有名人を前に、ガクブル緊張しながら、言うべきことははっきりと告げる。ここが平凡未満兄と天才妹の違いなのかもしれない。


「そうですか。私の自分ルール的に、ホテルは極力控えたいのです。金銭やビジネス以上に関係を望むので。別に私は一緒の部屋でも構いませんよ」

「こちらが構いますよ。倫理的にマズくないですか? 詳しくないけど、法律的にも危なそうな気がしますし」


 アリスの会話相手は友子に代わっていた。ここで自分の意見を挟めばそれなりのお兄ちゃんに昇格できたであろうに、結果ハラハラと見守ることしか出来ない残念お兄ちゃんだ。


 アリスは短く息を吐く。


「仕方ありません。泊めていただくのは諦めましょう。この近くにある部屋を借ります。もしどこかで見かけましたら、その時はまたご挨拶を」


 アリが去ってしまう。


「大丈夫かな」

「一応大人なんだし、大丈夫でしょ。まぁ、お母さん達には報告しておいた方がいいかもね」


 そして、午後9時、リビングで家族4人団欒をしている時、思い出したように友子が報告した。


「―――で、去っちゃったんだよね。なにか嵐みたいだったよ」

「ふーむ、そうか。一泊くらいならよかったと思うが。ところで、何でユーヤだったんだ?」

「さぁ? 何か、ルーレット、がどうのこうのって言っていたけど、よく分からなかったよ」

「ふーむ。まぁ、何かあったらすぐに父さん達に言うんだよ」

「「は~~い」」


 ユーヤは怪我のことを考えてシャワーだけで済ませ、2階の自室へ入った。窓に近づき、景色を見る。都会から少し外れた場所にあるとはいえ、絶景が見えることなどない。ユーヤが見ているのは、隣接するアパートだ。


「もしかしたら、アリスさんがこのアパートに越してくるかもしれないのか」

「にゃーん」


 ユーヤの呟きに反応するかのように、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。窓を開けて、少し顔を覗かせるが、猫の姿が見えない。


 じゃあ、いるのは屋根の上か。


 彼が頭を引っ込めようとした時、何かが後頭部に降り立った。しかし、それはすぐになくなり、頭が軽くなる。

 ユーヤが自分の部屋を見ると、そこには美しい水色の毛並みの猫がいた。ユーヤは猫に踏まれた箇所をポリポリと掻く。


「部屋を汚さないでくれよ」

「にゃーん」


 言葉が分かっているのか、タイミングよく猫が返事をする。その足裏は、一切汚れていなかった。

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