第4話 人類最高峰は凡人から見ればどこかおかしい

「もう17時か」


 『砕岩の槌』と『星降る夜に』が15層に上がってから、およそ1時間が経っていた。


「時間が分かるのですね。何か特殊な磁場があって機械が正常に機能しないと聞いたことがあるのですが」

「あぁ、これ?」


 ユーヤの指摘を受けた麦刈が左手首に巻いてある腕時計を見せる。


「これはダンジョンのドロップアイテムよ。ダンジョン産だから分からないけど、ダンジョン内でも使えるのよ」

「そういうの欲しくなりますね」

「おそらく買おうと思えば億はいくわよ」

「そろそろ休憩入れな~~い?」


 ダンジョントークが少し落ち着いてきたのを見計らい、牛塚が休憩の提案をする。それは聞き入れられ、正規ルートから少し外れた袋小路で腰を落ち着いた。


 『砕岩の槌』は全員が疲労困憊だ。ドラゴンとの戦闘を経て、郷田と茂呂は肉体的にも精神的にも疲弊している。高原はいくらか余裕があったため、最初こそ戦闘に参加していたが、過剰な魔力使用のせいで酔ってしまい、ダウンしてしてしまった。ユーヤは血がまだ戻っていないため、貧血で倒れている。

 道中、火炎を吐く猫スクウァセイン炎を纏った馬バイストン電気を帯びた蜘蛛パルミキュラの群れに遭遇したが、『星降る夜に』が易々と倒してしまった。売却できる毛や爪や脚や肉等は回収できるだけ回収した。しかも、強化に役立ててほしい、と『砕岩の槌』へ譲渡した。


「皆は16階層は初めてだったの?」

「はい」

「それであのイレギュラーか~、辛いな~~。ところで」


 そこで言葉を切り、借りてきた猫の郷田に驚愕している3人を見渡し、最後に郷田を見る。


「敬語、辞めない?」


 『星降る夜に』の3人が少し憐れむような目線を向けた。


「だって、だって! 全然慣れないんだもん! いいじゃん、これくらい!」

「別に悪いとは言っていませんが?」

「ふへ!?」


 ギロリと麦刈に睨まれ、牛塚は黙って目を逸らしてしまった。


「別にそれくらいいいわよ。私も敬語に慣れていなかったから、むしろ助かったわ、ねぇ?」

「そうだな」

「ほら、気を遣わせてしまっているわ」

「ごべ~~~~~~ん!」


 泣きながら謝られてしまった。もう何を言っても無駄な気がしてしまうため、ユーヤ達は黙ることにした。

 一頻りの茶番を終えると、2つのパーティは14層を目指して歩き出す。15層は特に焦るような事態は起こらなかった。


「やった、階段だ」

「ん? 誰か下りてくるね」


 少し道の端に寄り、人が下りてくるのを待つ。


 下りてきたのは金髪長身の女性。姿を見せると同時に口を開く。


「大丈夫ですか? 何があったのですか?」

「え、アリス!?」


 アリスとは人類最高峰の探索者である。これまでにイギリスや南極大陸にある難攻不落のダンジョンを、単身で完全攻略した化け物だ。国家に属することを嫌い、数年おきに活動拠点を変えている。今は日本に来ていたのか。


「はい、アリスです。ところで、大丈夫なのですか? イレギュラーがあったと思うのですが」

「え、何で分かるんですか?」

「気配察知です」

「凄っ⁉」


 アリスの淡泊な回答に、ユーヤ達は目をキラッキラに輝かせた。その後ろで牛塚と色白が内緒話をする。


「ユッキーならどれくらいいける?」

「1階層分。頑張れば2階層分。それ以上は無理。ダンジョン外からダンジョン内は1層分でも無理」

「そっか」


 牛塚が疑っているのは、簡単に言えば、マッチポンプかどうか。もしもマッチポンプなら、信じるのはかなり危ない行為だ。


 何かが怪しい。


 決定的な何かは掴めないまま、アリスも同行することが決まった。


「私は本日これ以上潜る気がありませんので」

「心強いですね!」


 そこでユーヤが気付く。視線が妙に自分へ向いているような気が、いや、多分気のせいだな。ユーヤはそう結論付けて勝手に納得した。


 何と驚くべきことに、モンスターに遭遇しなくなったのだ。これに関しれアリスは、あまりにも強すぎるため、本能的に寄ってこないのではないかという見解を述べている。


「そりゃ凄いな」

「考えものですよ。目当てのモンスターと出会えない時が往々にして訪れますからね」


 強者には強者なりの悩みがある。そう言う事なのだろう。

 危機が訪れることなく、3チームはダンジョンから脱出するのだった。

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