第3話 上手くいっている時ほど未知は牙を剥く

 15層を順調に攻略し、昼食を取った一行。時刻は午後3:30を過ぎようとしていた。


「オラァ!」


 郷田が目のない大口の蝙蝠を、槌で壁に叩きつける。槌を壁から剥がすと、生物として生きていられないほど薄くなった蝙蝠が地面に落ちた。それと一緒に、コロンと、黒い鉱石のようなものだ転がった。


「あん? 何だ?」


 郷田がそれをヒョイと摘まみ上げ、しげしげと観察する。


「うおっ⁉ こりゃあ黒色の霊珠じゃねぇか!?」

「え!?」

「嘘!? 本当!?」


 黒色の霊珠とは、ダンジョンの中で手に入る、とても希少なアイテムだ。使用するだけでステータス上昇の恩恵を受けることができる。売却したとしても、最低価格2万円であり、どちらにしろ儲けものなのだ。


「へへ、今日は運がいいぜ」

「それは亮太が見つけたんだし、亮太のものね。私も自分のを見つけたいわ」

「あ、おい、あれ」


 上機嫌な一行の前に現れたのは、16層へ行くための階段。今回の探索予定に入っていない階層だ。


「あ、あの、帰りましょう! ここまでは偶然かもしれません。ここで引き返しましょう」

「ハァ? 何言ってんだよ。俺達はこんなに強いんだぜ。1階層分じゃそんなに変わんねぇだろ」


 ユーヤの意見は聞き入れられない。郷田が否定すれば、決して聞き入れてもらえないのだ。

 オドオドとするユーヤを差し置いて、まだまだ下へ行く気な郷田達は下へ行く階段に足を踏み入れる。押し切られてしまったユーヤだが、彼1人で地上まで帰ることができない。


 16層へ、一行が、下りていく。


 少し空気が変わった。何が変わったのか、具体的に言葉にできない。しかし、呼吸を忘れそうになるほどの空気だ。

 しかし、それを感じているのはユーヤだけなのか、青ざめているのは彼だ。郷田も茂呂も宮原も、やる気満々で歩いて行ってしまう。ついて行くしかないユーヤは、背を丸めてガクブルしながら左右を見る。

 いったい何が待っているんだ?


――――――――――


「うん?」


 ユーヤが挑む迷宮の底の底。最下層のさらにそこにそれはいた。

 銀の鱗を持つドラゴンが部屋を出て行く中、白い毛を生やした猿が何かに気付いた。紫の羽毛の雀がここにいれば、そちらが先に察知していただろう。


「どうしたのだ、白猿ハクエン

氷猫ヒョウビョウか。今、儂は夢想しておるのやもしれん」

「……? どうした?」

「ルーレットで大当たりが出たのじゃ」

「……何?」

「しかも、一緒に大ハズレがいるのじゃよ」

「……は? 今すぐアリスに連絡しろ!!」

「う、ウム!」


 白毛の猿と水毛の猫は慌てて金髪の女性へ通信を入れるのであった。


――――――――――


 それは人間の本能と呼ぶべきものが確認できた瞬間だった。何が起きたのかを記せば、背筋が凍り、足が止まったのだ。

 何かを聞いたわけでも、見たわけでもない。ただ、この異様な空気感に呑まれた。それだけなのだ。


「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわ。思いっきり吐きそうよ」

「止めろよ、お前。思春期の女子がそんなこと言うの」

「あら、ジェンダー差別?」

「いや? 常識的な人間の倫理観」


 2人は言い合いを終えると、武器を持ち直した。茂呂も2人に倣うように、ハンマーの柄を握る力を強める。ユーヤは当然のように持ち直せていない。3人を羨むばかりだ。

 そこでようやく、異様な空気の正体が姿を現す。


 ヌゥとゆうっくりと曲がり角から頭が出てくる。青い鱗を持つそれの口元は血で赤く染まっていた。何かを食った。それが”誰”とは思いたくない。

 青い鱗は鮫肌のようにギザギザしており、卸し金のような高さの棘まで生えている。鋭い爪、丸太のような足、人の骨など簡単に折ってしまいそうな尾、飛べるかどうか怪しい翼。間違いない。図鑑やHPなど見なくとも分かる。


 このモンスターはドラゴンだ。


 おかしい。ドラゴンは、池袋ダンジョンのトップランナーである『猩々奇譚』が40層で初めて発見されたモンスターである。何度も挑戦しているうちに、40層よりも上で出現しないことも発見されている。


 ここまで説明して、何が言いたいのかといえば、こんなところに出てはいけないモンスターなのだ。


 ヌルリと目玉が動く。誰かさんのことを目で追っている? 全員の視線が1人に集中する。その1人とは、茂呂のことであり―――。


『グォオオオオ』


 人が死を感じ取った際にする行動は2つ。高原のように動けなくなるか、茂呂のように逃げ出すか。

 ドラゴンは茂呂を追うように腕を伸ばし、削り取ろうとする。


「ダァ!」


 爪が届く直前に、郷田が大槌を頭に打ち落とす。茂呂への攻撃を阻止できた。しかし、それ以上のことは何もできない。


『ゴォ!?』


 ドラゴンが郷田に手を伸ばそうとしたところに、高原の魔法が直撃する。


「くそっ!?」

「チョットは効いてよね⁉ マジで!?」


 どちらの本気に対しても効いている様子がないドラゴンに、両者は悪態を吐く。しかし、文句だけで世界は変わらない。この状況を打破するために、今するべきことは何か。


 逃走。


 4者は一目散に走り出す。ユーヤは荷物を拾い上げるという動作が入ったため、少し遅れる形となる。

 いくらスキルを使用しようとも、埋められない差というものだある。それを実感させられる。どんどんと差が縮まっている。


「もう駄目だ。僕を置いて行ってくれ」

「置いて行けるか、阿呆! 大事な幼馴染だぞ!」


 勇気を絞った提案を一喝される。

 どんどんと距離がなくなっていく。ユーヤは静かに実行しようとした時、ドラゴンに追い着かれてしまった。

 ドラゴンの一振りが茂呂を狙う。ユーヤはタックルにするようにして彼を突き飛ばした。


 ドン!


 赤が散る。


――――――――――


「お主、今どこにおる!」


 新しく借りる家を探していた金髪の背高女性アリスは、脳内に直接聞こえてくる白猿の声に眉根を寄せた。あの冷静沈着な猿が慌てているなど珍しい。転移事件の話だろうか。


「何? 転移の話なら風鷲に聞いたけど」

「そんなことではない! 出たのだ、大当たりが!」

「嘘でしょ!?」

「本当だ! しかも同じパーティに大ハズレもおる。急いで向かってくれ!」

「わ、分かった! 大当たりの場所は分かる!」

「名前は神谷友也だ! 現在16階にいる!」


――――――――――


「バッカ野郎が!」


 茂呂に怒られるユーヤは、呻き声でしか反応できない。ドラゴンの強烈な一撃は、掠っただけのはずだというのに、ショルダーハーネスは引き裂かれ、ユーヤの腕は切り裂かれてしまった。

 ドクドクと流れ出る血に合わせて、心臓も鳴っている。深呼吸をしようと思っても浅くなってしまう。


 郷田と高原がそれぞれユーヤと茂呂を立たそうとする。茂呂は、ユーヤが庇ったのだが、ドラゴンが地面を破壊したその破片で足を斬ってしまったらしい。

 ドラゴンが素直に待つ道理などない。動けない郷田を狙う。大槌でガードしようとするが、その前にユーヤが彼を押した。


「ナッ!?」


 ドラゴンの剛腕がユーヤを潰す。


「ちょっと待った~~~~!」


 寸前だった。


 赤の彗星がユーヤの横を駆け、モンスターの剛腕を弾いた。その姿はまるでヒーロー。助けられた2人は目をキラキラに輝かせながら女性を見守る。


「ユッキー!」

「うん!」


 赤髪の女性に呼ばれた白髪の女性は、ドラゴンを前に華麗なパルクールを決め、棘の隙間を縫って首裏を斬った。


「『星』だ」


 ポツリと高原が呟く。それと同時にボブカットの女性が魔法で、ドラゴンの首を取った。


「とりあえず傷を治しましょう」


 黒髪ロングの女性がユーヤの腕に回復魔法を施している。


 高原が呟いた『星』とは、この4人のことであり、正式名称を『星降る夜に』という探索系アイドルグループのことだ。


 ユーヤを助けた赤髪ショートカットの女性は、リーダーの牛塚昴ウシヅカスバルだ。ガンガン直進、ガンガン挑戦をモットーにしている。

 ユーヤの傷を治した黒髪ロングヘア―の女性は、サブリーダーの麦刈美月ムギカリミツキだ。ガンガン進む牛塚の暴走を止めていることから、裏番長という渾名がある。歌声は天使と称されている。

 ドラゴンを止めを刺したボブカットの女性は、碇星イカリセイ。猫背でいつも自身なさげであるが、それがいいと一部のファンから熱狂的に推されている。

 ドラゴンを斬った白髪短髪の女性は色白雪イロジロユキ。長い手足を活かしたダンスが人気であり、同じく活かした戦闘方法として忍者を自称している。


 全員が伝説級という天才集団なのだ。


「君!」


 牛塚がユーヤを指し示す。


「君、素晴らしいね。仲間を守るガッツ! 素晴らしい!」


 拍手をしながら褒められ、ユーヤは少し照れてしまう。一転、悲しそうな顔をする。


「でもな、某アンパン顔のヒーローみたいな自己犠牲は駄目だぜ。自分の死で誰かさんを救っても、その誰かさんは死を背負わなければならないし、悲しみを残しちまう。誰も得しないぜ」

「……はい」


 はっきりと叱られてしまった。こんなに叱られたのは、久し振りかもしれない。


「とりあえず、地上に戻ろうか。イレギュラーが発生したんだ。報告に行かないといけないし、ね?」

「……そう、ですね」


 郷田は一瞬タメ口をききそうになるが、何とか修正する。素直に立ち上がり、近くにいた茂呂に手を伸ばした。茂呂は有り難くリーダーの手を取り、立ち上がる。

 ユーヤに手を貸したのは牛塚だ。その柔らかな手の感触に少しドギマギするユーヤを、郷田が睨む。そんなちょっと現を抜かす恋人に、高原は目尻を鋭くした。


「こ、これって、結構複雑なカンジ?」

「あんまり首を突っ込むと火傷するわね、多分」


 碇と麦刈が互いにしか聞こえない会話をし終えると、麦刈は手を鳴らした。


「早く行きましょ?」


 2つのパーティはおよそ30分後に、15層へ辿り着いた。

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