第5話 もうあの小屋へは戻れない

 進化の秘宝を体内に取り込んで、松前藩の騎馬兵三名を殺害した後、ボクとオジサンは市場いちばに来ていた。


「オジサン……ボク、もうこの町にいられないのかな?」


 ボクは困っていた。

 現在、ここ北海道アイヌと松前藩は戦争中とはいえ、ボクがいるこの町と言うか村に近い地方の田舎にまで戦争の余波が来ることは無いと思われた。


 しかし先程、遂に松前藩の騎馬兵が侵略を開始した。

 現在の市場に松前藩の兵隊の気配は無いが、時間の問題だろう。やがてここには松前藩の旗を掲げた兵隊が乗り込んで来る。


 オジサンもそれを察してか、

「そうだな……おそらくもうあの畑と小屋には居られない。騎馬兵の帰還がないってことが問題になって、兵隊が攻めてくるだろうな」

「そんな!?」


 攻めてきたのはあっちからなのに、死者が出れば攻撃の理由にしてもいいって言うのか?


「ボクは……どうすればいいのかな?」


 それは自分がこれからどうすればいいのかという、純粋な問いだった。


「ソラ……俺がお前に天下統一してほしいって言ったの、覚えてるか?」


「……うん、でもどうせ無理だよ、ボクには……喧嘩に勝ったっていう、成功体験がない」

 

 そうなのだ、これまでチワワにも勝てなかった。ボクは最弱だ。そのはずなのに……。

「でもさっき、初めて兵隊を殺したろう? それも軍人を三人も」


 なんでそんなことが出来たのか未だに分からない。いくら進化の秘宝の効果とはいえ……これまでステータス1だったんだぞ?

 それがなんで……。


「でもボクはもう、誰も殺したくない! 大事なものを壊されるのももう嫌だ!」


 泣きそうになった。これまで虐げられていたから、ボクに殺された人達にも、壊された畑にも感情移入してしまっている。


「ソラ……今の世界情勢が分かるか?」


「わからないよ……戦国乱世の事なんて……」


「今は日本各地だけでもみかどが至る所で擁立されている。帝とは言ってみれば神様だ。そしてその神に仕えるのが征夷大将軍、いわば王様だ。ソラ、王様になれ! いや、なってくれ! そして俺と子供と妻をソラの統治する国で安心して暮らさせてくれ。進化の秘宝を渡したんだ。それくらいやってくれてもいいだろう?」


「王様? ……ボクが、王様だって?」


 いまだに市場にいると周囲の子供や大人にビクビクするというのに?


「とりあえず松前藩の王様、松前 慶広まつまえ よしひろにでも会うだけ会ってみたらどうだ?」


「お、オジサンも一緒に来てくれる?」

「俺はこれからアメリカに行くから無理だ。ソラ、覚悟を決めろ、もうお前はあの小屋へは戻れない。そしてこの土地にもやがて松前藩の人間が来る。もうビクビクするのは終わったんだ! 旅にでろ!」


「う、うん」


 それから、ボクは全財産を握りしめて、ビクビクしながらオジサンと市場で旅支度をしたのだった。


 唯一頼れる人物、カズミオジサンとの別れも近づいてきていた。

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