第43話

 二人の婚約がショックだったアリサは妄想の世界にひたる時間が増えた。前世でもオタク気質であったため妄想力ははかり知れないほど高い。


『前世の記憶のままの物語ではメイロッテ様の素晴らしさは表現できないですわ。やはりこの世界にあったシチュエーションでないといけませんわね』


 自分だけの妄想なのに妙にこだわるアリサはそれはもう毎日妄想しては拙い語彙ごい力で書いていき、わからない言葉は家庭教師やメイドやジャルフに聞く。

 家庭教師フリーラはアリサが友人や家族へ手紙でも書く練習でもしているのかと思っていたが、令嬢が書く手紙にしてはアリサが質問してくる語彙ごい奇抜きばつであるためほどなくしてアリサの書物に興味を持った。


「アリサお嬢様は近頃何をお書きになっていらっしゃるのですか?」


 アリサは興奮して書きかけのメモを見せながら自分の頭の中の物語を話した。読んだり書いたりは前世の記憶が戻ってから本格的に始めたのでまだまだであるが、お話を聞かせるのなら現状で充分にできるのである。


「なんて素晴らしい想像力でございましょう!

お嬢様。その物語はわたくしが本にしてもよろしいですか? もちろんお嬢様のご発案ということはきちんと書きますので」


「先生、本当ですか! それならばジャルフと共同制作してくださいませ。ジャルフの挿絵さしえ付きで読みたいのです。わたくしの名前は表に出ない方がいいですわ。先生の作品として書いてくださいませ」


「挿絵付きとなりますと少々手間も時間もかかりますね。とにかくお嬢様のために一冊作りましょう」


 印刷技術が発展していないためカラーの挿絵付きとなると一枚一枚描く他にない。


「ジャルフ。執事としてきちんと予算をお父様からいただいてきてくださいね」


「かしこまりました。お嬢様」


 こうしてアリサのために作られた少女向けの本が出来上がるとアリサは涙するほどに感動した。


「二人がわたくしのために作ってくれたことはとても嬉しいのですけれど、とても素晴らしい本ができましたからメイロッテ様に差し上げたいですわ」


「メイロッテ様がこの主人公のモデルですからね。ではもう一冊作りましょう」


 アリサの喜びように家庭教師フリーラは即断する。


「先生はアリサ様の家庭教師をなさってください。こちらで写生生しゃせいせいを雇い文章を写します。

お嬢様、しばらくの間このご本をお借りしてもよろしいですか?」


「ええ、もちろんですわ。写生を頼めるのなら二冊作っていただきたいですわ。万が一汚してしまったらショックですもの」


「そうですね。予備も作りましょう」


「絵も写生していただけるのかしら?」


「いえ。挿絵は私が描きますのでご心配には及びません」


「ジャルフが描くのなら素晴らしいものになること間違いはありませんわね!」


 心から信頼している様子のアリサにジャルフは顔を緩めて張り切るのだった。


 こうしてメイロッテのための本も作られたのだが、できあがってからよくよく考えてみれば断りもなくメイロッテを主人公にしてしまったことに急に罪悪感を覚えてしまい、アリサはメイロッテに渡せずじまいでいた。

 そのうち『メイロッテ』を『メイお義姉様おねえさま』と呼ぶようになったのだが本については言えない時間が過ぎていく。そんなある日ズバニールが約束をすっぽかし留守にしていたことがきっかけで本をメイロッテに渡すことができたのだった。

 

 ただし、アリサはメイロッテに一つ嘘をついている。


「メイお義姉様のお姿があまりにもステキで、わたくし、たくさん夢を見ましたの。その夢を絵本にしてもらったのです」


 夢を見たのではなく前世の記憶による美少女戦士オタクの妄想でできた物語だ。


 メイロッテはこの本により学術に目覚め、そしてアリサは妄想を膨らませていき第二巻を制作した。それが主人公ロッティーが女性騎士でもあり貴族として村経営もしていく物語。


 メイロッテの父親コンティ辺境伯は娘に対して同じような悩みを持っていた友人のワイドン公爵にこの本を紹介する。ワイドン公爵は早速オルクス公爵家へおもむき本について尋ねた。執事見習いジャルフから予算の計上があったため本の制作については知っていたが本の内容は子供だまし程度に考えていたのだった。すぐさまジャルフを呼び本についての説明を受けると、ワイドン公爵はすぐに本の制作を依頼した。


「もう一冊、すでにできているものがございますのでそちらをお渡ししてよいかをアリサお嬢様にお聞きしてまいります」


 アリサは即時に了承し、無事一巻も二巻もワイドン公爵令嬢エイミーの手元へと届くことになった。


 それを読んだエイミーはメイロッテと同様に武術だけでなく学術にも真剣に打ち込むようになっていく。


 〰 〰 〰


 ソファーで優雅にカップを持ち上げたルナセイラが目を細めて微笑する。


「今は随分と冊数も増えているが、未だに増刷中だそうだね。私もメイに借りて読んだのだが、大人が読んでもなかなかに面白い読み物だったよ」


「ありがとうございます。私が発案者であることは一部の者しか知りませんのでが内密にお願いいたします」


 パレシャが転生者だと確信しているアリサは万が一を考えて自分の名前が出ることを阻止していた。


 

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