第44話
アリサの本は家庭教師たちの間でも話題になり子供用の語学教材としても
アリサは新しい物語のためにもジャルフをその仕事から解放したくて懸命に考えた。
『文字は左右逆だと困るけど絵なら大丈夫でしょう。ジャルフの絵を版画にして色付けだけを職人に任せるならジャルフのこだわりもある程度納得させられるのではないかしら』
ジャルフに早速相談してみる。
「ジャルフ。貴方の才能が新作には必要なのですわ。ですからジャルフの作風が残せる方法を考えてみましたの」
ジャルフの自尊心も責任感も優越感も刺激しながらアリサが甘えた声で説得するとジャルフは簡単に落ちた。ジャルフとて同じ絵を永遠と描き続けることは結構苦痛であったのだ。
ジャルフは左利きの主人公を線描きした。
その絵を版画にし用紙に転写して色付けする。文章の内容は変えずに配置を多少変えるだけでアリサが持っている本と似たようなものが出来上がる。
後にジャルフが手書きした挿絵入りの本がとても高値になるのだがさすがにこの時点でそれは狙っていない。
〰 〰 〰
ジャルフと試行錯誤したことを思い出していたアリサは自然に顔が緩む。
「またジャルフと新しい本のことを考えていますね?」
拗ねた顔のケネシスがアリサの顔を覗き込むとアリサが不意を打たれて動揺した。
「ケネシス。少年少女の好む物語を考えるのはアリサの楽しみの一つですわ。許してさしあげて」
義姉になるメイロッテに頼まれればケネシスはすぐに折れる。
『僕にとってもアリサを知るきっかけになったのですから本の作成を反対することはできませんが……』
ケネシスはアリサを始めて見た時の事を思い出していた。
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北部学園を入学前にワイドン公爵令嬢エイミーが王都のワイドン公爵邸に帰郷した時だった。
「ケネシス。来週のお茶会に出席するからパートナーをお願いね」
「
「ふふふ。私が常々お会いしたいと思っていた子がご参加なさるらしいの。将来その子の義理の姉になる子が私のお友達でね、教えてくれたのよ」
「義姉上がお会いしたい子とはどなたなのですか?」
「ケネシスに以前私の人生の指南書となった本を見せたでしょう。あの本の発案者よ」
ケネシスは年上を想像したがワイドン公爵令嬢が『子』という言葉を使っていたので混乱して頭を捻った。
「来週の茶会は学園入学の年齢以下が主たるはずですが、どなたかのお母上様ですか?」
「それがねぇ! なんとケネシスと同い年らしいのよ! すごいでしょう!」
ケネシスが目を丸くした。ケネシスは学術を得意としてはいたが十二歳の自分が本を刊行することは想像もつかない。
「もちろん、実際に書いたのは大人よ。でも友人が本の作成を見学したことがあるみたいで、その女の子がスラスラと話す物語を大人が記述していくだけなのですって」
「女の子?」
ケネシスは驚嘆する。女性に爵位継承権がないほど、まだこの国では女性の学術が発展しているとは言い難い。学園のAクラスに所属する女子は一人か二人、地方学園ではいない学年もあるほどである。
「そうなのよ! 私より歳が四つも小さな女の子があの物語を書いたと聞いたら会いたくなるし、自分も頑張ろうって思うでしょう」
「そうですね……」
ケネシスは自分より天才であると予想される少女の存在にショックを受ける。それと同時にその少女に会ってみたいとの衝動も起きる。
「わかりました。では、部屋へ戻ります」
「え? もう? もう少しお話しましょうよ」
「それはまた後日でいいでしょうか? 茶会に赴く衣装の確認をしなくてはなりませんので」
「…………ふぅん。わかったわ」
「では失礼します。夕飯でお会いしましょう」
ケネシスがそそくさと踵を返して部屋を出ていく姿をエイミーはニヤついて見送った。
「これまでの茶会で自分で衣装を気にしたことなんてないでしょうに。メイドに任せたくないほど気合を入れるつもりなのねぇ。うふふ。
オルクス公爵家にはメイロッテが嫁ぐのだから、その義妹さんが私の義妹になってくれたら最高!
ケネシスを応援しなくちゃ」
義姉エイミーの意欲を知らずとも、ケネシスもやる気いっぱいで靴からクラバットまで自分で選ぶほどであった。
ただし、メイドにセンスをダメ出しされてメイド主体で衣装を決めたことはご愛嬌である。
『まずいです! 衣装についてもっと学ばなければなりません。家庭教師を増やしてもらえるでしょうか』
真面目なケネシスはブレない。
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