第36話

 アリサがサッと手を上げると指揮者がタクトを振り楽団が『ワルツ二番』の前奏を奏で始める。それを合図に数組のカップルがホールにスタンバイし頃合いをみて曲が始まった。


「ご挨拶はアリサ様でしたわね。キリリとなさっておいででステキでしたわ」


「これからどうなるのだろうね」


「アリサ様ですもの。すでにご対策をなさっていると思いますわ」


「だが女性に継承権はないよ。アリサ様が実務を担われるだけでも良い領地になりそうだけど」


 ダンスをしながら、ジュースを飲みながら、庭園に行きながら、それぞれにそのような会話をしていた。


 オルクス公爵が退場した会場で挨拶をした者がアリサだったのだ。それはいろいろな憶測を呼びこれからの国をオルクス公爵家を期待する声になっていた。


『でもこの国では女性の後継は認められていないからな。ケネシス様が養子縁組なさるのだろう』


『ズバニール様がパレシャ嬢と婚約することも書かれていたからお名前はズバニール様で実務はアリサ様なのかもしれないな』


『パレシャ嬢は無効って言っていたけど公爵家の判断を男爵家が無効にはできないだろう』


『アリサ様とケネシス様のお子様がお生まれになるまでオルクス公爵様はご引退なさらないおつもりなのだわ』


 アリサたちにはこれ以上聞くなと言われているので誰も聞いてはこないがチラチラと四人の様子を伺いながら思考し意見を交わし思慮している。


「はあ。このような形で注目される予定ではございませんでしたのに」


 アリサが扇の奥でため息を吐いた。


「考えるなと言う方が無理というものだ」


 ルナセイラが四人のために用意されたテーブルから果実水をとり一つをメイロッテに渡した。ケネシスもアリサに渡す。


「とりあえず発表を終えた。これから何かと騒がしくなるだろうが義家族で頑張っていこう」


 ルナセイラがグラスを持ち上げ四人はグラスを合わせた。それを見計らったかのようにダンスを終えたアリサの友人令嬢二人がパートナーを伴いお祝いを言いに来る。


「この度はお誕生日そしてご婚約おめでとうございます」


 テッドの口上でご令嬢二人とノアルが礼をする。アリサの友人とノアルは従兄弟で本日のパートナーを務めている。

 

「皆様、ありがとうございます。皆様が動いてくだされば他の方も動きやすくなると思いますわ」

 

「うふふ。わたくしどもはいつでもお話ができますので一旦下がりますわ。お困りでしたらいつでも合図をくださいませね」


「危険分子は排除されましたのでアリサを守ることはできると思いますが、いざとなりましたらアリサを頼みます」


「ぶふっ!」


 ノアルは水たまり事件以来ケネシスの真面目顔から発せられる『危険分子』というワードに異常に反応して笑いを堪えることが大変になっている。


「それではのちほど」


 四人が礼をとり下がるとメイロッテの友人たちが挨拶に来た。こうして四人は親しいと思われる者たちから順々に挨拶を受けていった。


 なんとかパーティーを終えた翌日それぞれの部屋で朝食を取り昼前に会議室にしている来客室に集められた。


 パレシャとズバニールが入室するとすでに他のメンバーは着席していた。


「お父さん! お母さん! どうしてここにいるの?」


 パレシャがユノラド男爵夫妻に駆け寄るとユノラド男爵夫妻も立ち上がってパレシャを迎えた。だがパレシャが期待いていたような顔つきではなかった。

 眉間にシワを寄せてとても小さな声でパレシャに質問を浴びせる。


「パレシャ……。いったいお前は何をしたんだ」


「二人はいつ来たの? いつまでいられるの?」


 パレシャが喜びを表すようにぴょんぴょんと跳ねていて母親ユノラド男爵夫人が落ち着けようと腕を引く。父親がため息とともに話を続けた。

 

「昨夜遅くに到着した。父さんと母さんは公爵家からお迎えが来てわけもわからず来てみたがこちらのご子息と婚約するとか馬車で聞いたが、到着してみれば無効になったとか……」


「無理矢理連れて来られたの? なにそれ横暴じゃん!」


「何を言っているの? オルクス公爵家で旅費も食費もすべて持ってくださっているのよ」


「でも断れない状況だったんでしょう?」


「お前の婚約話があるからと言われれば相手が公爵様でなくとも断ったりしない。中央学園では上手くやっていると言っていたじゃないか」


 パレシャは三学年に上がる前の春休みに実家へ戻りズバニールと上手くいっていると話している。


「ズバニール様とは順調よ。でもちょっと状況が変わったの」


「ユノラド男爵様」


 大変ににここやかな執事がユノラド男爵家三人に声をかけた。


「ともかくお座りになってくださいませ」


 三人は話をしながらどんどん壁に向かっていたらしくテーブルからは随分と離れた壁際で話込んでいたことに自分たちもびっくりしていた。どうやら自己防衛本能がそうさせてしまっていたらしい。 

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