第9話

 パーティーの席でズバニールはメイロッテにこう言った。


「おまえはアリサに公衆の面前でパレシャを罵らせた。時には『マナーがなってない』と時には『無知だ』と時には『貧乏人だ』と言わせていたな」


 アリサは名前呼びを拒否し廊下を走る危険性を説いたが『マナーがなっていない』と言ったのはマナー教師だし、ケネシスが言ったのは『勉強をやらないなら図書室を出ていけ』という一般常識でありパレシャを『無知だ』などは言っていない。極めつけは『パレシャは貧乏人』だと言っているのはズバニールである。


 そんなことを天井に置き去りにし言ってやったぞとばかりに顔を仰け反らせているズバニールにメイロッテはお姉さんらしい笑顔を向けた。


『さすがに悪役令嬢ね。このくらいではひるまないんだ。それにしてもなんで一学年上なのよ。メイロッテって馬鹿で浪人して同学年のCクラスのはずでしょう? さらに最優秀生徒ってどういうこと? メイロッテがムカつくぐらい人気すぎてそういうこと誰にも聞けなかったのよね』


 ズバニールの胸の中からわざと怯えるように水色の瞳をびくびくさせているパレシャの頭の中はメイロッテに怯えるどころか口汚く罵っていたのだった。


 〰 〰 〰


 パレシャは南部に位置するユノラド男爵家の第二子長女として生を受けた。大変可愛らしい容姿を持って生まれたので家族にも使用人にもそれはそれは猫可愛がりで育てられたのでそれはそれは傲慢なお姫様に育った。


 お姫様はいたずらも大好きで家族や使用人たちを頻繁に困らせては『仕方がないなぁ』と赦されてきたのだ。


 パレシャが十五歳の頃、ユノラド男爵一家が領地にある小さな村に視察を兼ねた旅行へ来た。その翌日に昼食を持って森へとピクニックへ出かける。父や兄が釣りをして母がそれを微笑ましく見ている間に暇を持て余したパレシャは一人で森の中へと探索に行ってしまう。もちろん護衛は後ろからついてきているが元々お姫様の意向でお姫様の遊びの邪魔だてはしてはいけないことになっているため少し離れて護衛している。


 森を少し入ったところの岩壁に横穴があることに気がついたパレシャがわくわくしながらそちらに走っていく。


「パレシャお嬢様! そこはいけません! 熊の巣穴かもしれません!」


 『そこはいけません!』までしか護衛の話を聞いていないパレシャは静止命令が出たことで傲慢姫様が発動し尚更スピードを上げた。動きやすい短めのワンピースのスカートが跳ねるほどに走っていく。護衛も必死で追うが入り口までに追いつくことができずパレシャはそのまま横穴に入ってしまった。


ドッテ!!!

「ぐえっ!!!」


『なんでこんなものが転がっているのよぉ』


 入り口から数メートルで転んだパレシャはずりずりと這いずり戻りその原因となった大きめの石を抱きしめながら意識を失った。


 気絶しているパレシャに急いで駆けつけた護衛は何度かパレシャに声をかけるもその場での回復を早々に諦めて男爵たちのところへ戻ることに決めた。その時あることに気がついた護衛はその石を一つポケットに入れパレシャを横抱きにすると走り出した。


 パレシャの様子を見た家族は急いで村まで戻り宿に医者を呼ぼうとしたが医者のいる隣の街までは馬で一時間かかる。護衛の一人が隣町へ出立してしばらくしてパレシャは目を覚まし家族は泣いて喜んでいた。

 二時間半ほどで戻ってきた護衛に連れられた医者も異常なしと診断し護衛に送られて帰っていった。


「まだ頭が痛いからもう寝るね」


 家族はうんうんと頷きパレシャは自分に充てがわれた宿の部屋へ行った。今日は一人になりたいと言ってメイドも下げさせる。


「これってこれってこれってぇぇぇぇ!!! 異世界転生じゃぁぁぁぁん!!」


 枕に顔を埋めて声が響くことがないようにしてその枕の脇を両手でバンバンと叩きながら興奮状態で叫んだ。がばりと顔をあげる。


「そ! れ! も! 大好きな『よるコン』の世界のヒロインじゃぁぁん!」


 もう一度枕に埋める。


「きゃああああああああ!!!」


 足も手もバタバタさせて喜びを表していた。しばらくその興奮を楽しんだパレシャは身を起こしてその枕をお腹に抱えてベッドに背を預けて座った。


「前世の記憶ってこんなものなのかな? 『よるコン』のこと以外はあまり思い出せないや。んー、きっと死んだんだよね。高校生だった気がするな。今の私と違和感はないから前世でもこんな性格だったんだろうな。パレシャとしての十五年は間違いなく私のものだし。困ることはなさそうね」


 ぽやぁと天井を眺めながら呟いていた。

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