第8話

「えー! ならケネシスも一緒に行こうよ。食堂でケーキでも食べながらお話しよう!」


 ケネシスの冷たい様子に気が付かないパレシャはいきなりケネシスの腕に絡みついて引っ張ろうとするがケネシスがそれを振り払った。


「なぜ僕が君とお茶をしなければならないのですか? 断固拒否させていただきます。それと僕への敬称なしの呼び捨てについては担当教師へ報告させてもらいましょう」


 ケネシスはメガネのブリッジを持ち上げながら冷たく目を細めた。


「ワイドンさん。その必要はございませんよ」


 脇から涼やかな大人の女性の美声がした。


「ヒッ!!!」


 パレシャが仰け反って怖がらせたのはマナー教師である。


「特別教室へ連れて行ってください」


「いやぁ!!! 助けてぇ!! ケネシスぅ!!」

 

 マナー教師は一緒に来た学園の衛兵にパレシャを連れていかせた。司書官は生徒を指導する立場ではないが指導する立場の者を連れて来て図書室の雰囲気を守るべき立場である。


「司書官様に呼ばれましたのよ。アリサさん。彼女をお預かりしますわね」


 アリサは優雅に立ち上がりお辞儀をした。


「先生。先日も含めありがとうございます。しかしながら…」


 アリサがゆっくりを頭をあげにっこりと笑った。


「返品は必要ございません。そもそもわたくしとは無関係の方ですから」


「うふふ。そのようですわね。わかりました。先日から指導しているのですがまだまだ足りないようですのできっちりと指導してまいりますわ」


 扇をさり気なく広げ微笑するマナー教師は気品に溢れていてさすがである。


「この学園の秩序と校風を好んでいる一人の生徒としてよろしくお願いいたします」


 アリサとともにケネシスも頭を下げた。マナー教師が背を向けたことを気配で察し頭を上げた二人は早速本題である課題についての相談を始めた。


 後日、学生が集まる食堂のランチの時間はいつも心地よい喧騒に包まれていた。

 パレシャとケネシスが知り合って数週間がたっている。その食堂の壁際の席でパレシャが一人で食事を前にしているところにアリサたちが通りかかった。アリサの後ろには二人の女子生徒がいるのだが二人もアリサと同じAクラスで三人はよく一緒にいる。


「あら? パレシャさん。貴女の食事はそれだけなんですの?」


 パレシャの前のトレーには小さなパンだけが置かれていた。二人もそれを見て首を傾げた。自分たちもトレーを持っているがサンドイッチと小さなおかずとデザートが乗っていて量は然程でもないが料金は安くはなさそうなランチだ。


「あの…。うちは男爵家なので…お金が…」


「ええ。存じておりますわ。ユノラド男爵領といえば近年鉱山を掘り当て天まで昇る勢いだと有名ですわね。とてもお金持ちになられてこの学園に転校なさっていらしたくらいですもの、ね?

お金は問題ないとおっしゃりたいのでしょう?」


 パレシャは二年生の後期に入ってから転校してきたことは誰もが知っていることである。そしてEクラスであることも。Aクラスが使える奨学金制度は利用していない。


「まさかどなたかにごちそうになるためにそのように振る舞ってらっしゃるわけでは……」


「ち、違います! そんなつもりは全くない…」

「アリサ! おまえがなぜここにいるのだ!?」


 パレシャの言い訳を遮った口調の荒い男の声に振り向くとアリサより濃い夏の森のような髪色をした麗しい見目の男子生徒が険しい顔をして立っていた。両手には二つのトレーを持ち皿はどれもたくさん盛られていていくら男子生徒といえど貴族子息が一人で食べるとは思えないほどの量だ。騎士団希望の男子生徒ならいけるかもしれない。


 アリサはそのトレーの量に一瞥してからその男子生徒の質問に答える。


「お兄様。ここは学生食堂ですのになぜとお聞きになるとはこちらがなぜとお聞きしたいほどですわ」


 アリサの言葉に歯を食いしばる男子生徒はアリサの双子の兄ズバニール・オルクス公爵子息である。


「お兄様は随分と大食漢におなりになりましたのね。お勉強をあきらめて騎士を目指していらっしゃいますの? それにしてはそちらの努力も足りていらっしゃるようには見えませんわね」


「うるさいっ! これはパレシャにごちそうするためだ。パレシャは家の金銭的な問題でランチはあのようなものしか注文できないのだぞ!

おまえはパレシャを貧乏人だと罵るのかっ!」


「わたくしはそのように思ったことはございませんが?

そうですか。

お兄様、お相手の言葉は一度頭で反芻してお考えになった方がよろしいわ。

パレシャさん。わたくしの冗談をまさかすでにおっしゃっていたことには驚きましたわ」


 ズバニールからパレシャへ視線を戻して目を細める。


「言葉をそのまま信じて食事をごちそうする浅慮な男性がわが兄とは…」


 アリサはくるりと二人の友人へ振り向くとそこには優しさが溢れる輝く笑顔があった。


「みなさん。バカバカしいことにお時間をいただいてごめんなさいね。窓際へ参りましょう」


 三人は優雅に歩いていく。パレシャがいた場所は壁際で柱に隠れている周りから見にくいところだ。


『あの席を選んでいるのはズバニールの庇護欲は刺激したいけど他の者に軽蔑されたくないってことなのかしら?』


 ズバニールに大切にされていることを隠そうとしているかのような席選びにアリサは納得できなかった。

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