第7話

 アリサとパレシャが出会って一ヶ月経つ頃、静まり返る図書室の入り口で可愛らしい少女パレシャがキョロキョロして誰かを探していた。その目的の人物を見つけたようでニッコリと笑うと走り出した。


「アリサぁぁ!!! やっとみつけたぁぁ!!」


 ここは図書室である。


「そこの貴女。走るなどはしたない。場を弁えてお静かになさい」


 怒鳴ったわけではないが威厳のある声が受付カウンターから響き少女はピッタっと止まった。


「ごめんなさぁい」


 司書官の女性に向き一応頭を下げたが腕は体の脇でまっすぐになったままであったため藍色のツインテールと相まりまるでペンギンのお辞儀のようである。


「手をお腹の前で重ね背筋を伸ばして腰から曲げ『申し訳ございません』とおっしゃるべきどうしょう? 貴女は本当にこの学園の生徒ですか?」


 ここは貴族学園であるので司書官の意見は尤もである。司書官はあまりに呆れて口調は幼子を諭すようなものになっている。


「はあい。気をつけまぁす」


 司書官は図書室の秩序を守ることは仕事の一つであるが教師ではないのでこれ以上は何も言わずひらひらと手を払いさっさと行けと表した。


 パレシャが満面の笑みで振り向くと席を離れようとしていたアリサが目に入った。


「やだっ! アリサっ! 行かないでよ」


 アリサに向かって走り出したパレシャに司書官は淑女のマナーを注意することは仕事ではないと割り切りパレシャの求めた相手がアリサであったためアリサへの期待を込めてパレシャを見送った。

 アリサはため息を吐くとともに足を止め横を向く。


「何かご用かしら? 何度も申し上げますが名前呼びはお止めください」


「わかったわよぉ。みんなの前ではそうするぅ」


『皆の前と言わずいつでもそうしていただきたいわ。この方と個人的に親しくなることはありえませんから名前呼びはありえないですのに……』

 

 不貞腐れたように口を尖らせたパレシャは呆れ顔のアリサの腕を引いていき、アリサは自己犠牲を覚悟しなされるがままになることにした。


『今騒ぎを起こすことは皆さんにご迷惑をかけることになってしまうわ』


「こんなところに来るもの好きって結構いるのねぇ。お話する相手もいなくて暇な人たちなんでしょうねぇ」


 座って本を読んだり勉強したりしている生徒たちを嘲笑うようにニヤけた。


『もの好き? 暇? 学生でしたら当然利用する施設だと思いますけど…。余程お勉強が嫌いなのですわね。どうして学園に入学なさったのかしら?』


 貴族と言えど学園入学は義務ではない。女性ならメイド奉公に出てマナーや社交を学んだり市井で働き口を探したり自領の手伝いをしたりする者も少なからずいる。


『それにこの方とお話をする方が多くいらっしゃるとは思えないのですが?』


 アリサは一ヶ月ほど前にパレシャのクラスメイトの女子生徒がパレシャへの付き添いを嫌がっていた姿を頭に浮かべた。

 

 先程までアリサが座っていた席へと戻る。


 アリサは諦めて席に座るとその隣にパレシャも座った。

 アリサを呼び止めてまで席に座ったにも関わらずアリサに話をすることもなくそわそわきょろきょろと挙動不審なパレシャにアリサはうんざりとして小さくため息を吐いた。


『何を企んでいらっしゃるのかしら。ですがこの方に合わせていても時間の無駄ですわね』


 アリサはノートと本を広げて先程までの作業の続きを初めた。そうしてしばらくするとパレシャがアリサの腕をパンパンと叩きアリサはパレシャの方を向くがパレシャの視線はアリサへは向いていなかった。


「さっすがアリサ! 最高!」


 アリサを褒めながらも目はこちらに来る男子生徒に釘付けになっている。

 濃い紫の瞳はメガネの奥で優しげに細められていて普段は『氷の小公爵』と噂されている男子生徒のその姿に息を止めた女子生徒が数名倒れた。

 そんなことは気にする様子もなく薄い紫色の長めの髪を耳にかける仕草をしながら優雅に歩く。その色気のある仕草にまたまた数名の女子生徒が机につっぷした。


「アリサ嬢。先日の課題についてご相談したいのですが今よろしいですか?」


 目的の人物まで真っ直ぐにやってきた男子生徒はことさら笑みをほころばせ更に犠牲者が増える。


「ケネシス様。ごきげんよう。わたくしも…」

「きゃあ!! 生ケネシス! かっこいい! 声もすごく好み! えーー! 誰にするか悩んじゃうなあ」


 アリサの言葉を遮るように立ち上がり二人の視線の間に立ち奇天烈な言葉を並べているのはもちろんパレシャである。


「アリス嬢。ご友人ですか?」


 パレシャを避けるようにヒョイッと脇に顔動かしてアリスに質問をしたケネシスにパレシャは同じように顔を動かして完全に邪魔をしたが恐らくパレシャ本人に邪魔をしているつもりはない。


『紫水晶! 色っぽーい! メガネは無い方がいいかも!』


 パレシャは自分がしたいことを優先しているだけだ。


「はい! 大親友なんですよ! パレシャ・ユノラドですっ!」


 大声で返事をしグッと拳を笑顔で握りながら視界も会話も邪魔をするパレシャにケネシス・ワイドン公爵子息は遠慮なく眉を寄せた。ケネシスはアリサのクラスメートで現在授業の課題で同グループである。


「君には何も聞いていない。どうやらここで勉強しているわけでもなさそうだね。ここは学ぶ者が来る所なのだから君は立ち去るべきだ」


 パレシャの席の机の上に何もないことを確認したケネシスの声はアリサに向けたそれとは違う重い空気を含んだものだった。

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