第6話

 アリサが呆れた様子でパレシャにに声をかけようとするとアリサの後ろの方からすごい速さの早足で現れた男子生徒がブレザーを脱いでパレシャの背中にかけた。明るめの茶髪に黒い瞳でとても体格のいい男子生徒は頬を赤らめている。


「ご、ご令嬢! とにかく立ち上がった方がいい」


「テッド!」

「テッド様…」


 二人は同時にその男子生徒の名前を呼んだ。パレシャは明るい顔で立ち上がる。

 だがアリサもさすがに驚いた。テッド・バリヤーナ侯爵子息も驚いた。廊下にいる者全員が驚いた。


 アリサとテッドは互いに高位貴族子女であるし、すでに二年間おなじクラスでおそらく三学年も同じAクラスで学ぶことになるだろうからそれなりに親しく互いに名前で呼ぶことは許しあっている。とはいえ、マナー的常識はわきまえているため『テッド様』『アリサ嬢』と呼び合っているのだ。そしてそれは誰もが予想できる範疇である。


 つまり皆を驚かせているのはパレシャである。


『オルクス公爵令嬢様に続きバリヤーナ侯爵子息様までも名前呼びのうえ呼び捨て??!!!』


 周囲の戸惑いも気にすること無くぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを伝えている。


「やっと会えたあ! さすがアリサ力ね。アリサがいれば攻略対象と出会えるはずって思ったの!

テッドは騎士になるって話だけどこういうところが本当にステキ!」


「え? いや? 俺はそのぉ、俺の大きな上着なら隠せるかなと……」


 テッドは再び顔を赤くする。その仕草を見て皆はギョッとする。テッドは切れ長の目のせいでキツそうな印象を与える顔を赤らめて眉を寄せ睨んでいるようにしか見えない。


『離れたところからだと女子生徒の下着が見られているようにお感じになったのね。上着をかけられる前の男爵令嬢様のお姿を思い出されたのでしょう。

スカートの長さも常軌を逸していらっしゃるもの』


 テッドの強面を見慣れているアリサは怖がることなどなくテッドに対応する。


「テッド様。女性の矜持をお守りしようとなさるお心は素晴らしいですわ」


 アリサはパレシャに近寄りテッドの上着を肩から外してそれをテッドに返した。


「当然のことをしただけです」


「そこの貴女」


 アリサは廊下の野次馬と化した者たちから一人と目を合わせた。


「貴女はユノラド男爵令嬢様と同じクラスでしたわね?」


 女子生徒が背を押されて前に一歩踏み出す。


「そぉですけど」


 関わりたくないのか泣きそうな顔をした。アリサはその顔を見て全面的に任せることを諦めた。


「わたくしも同行いたしますのでユノラド男爵令嬢様とご一緒に保健室へお付き合いくださるかしら?」


 アリサが一緒ということで安心したように首肯した。その女子生徒の後ろにいた数名に声をかけて三人が協力することになったようだ。三人でパレシャを取り囲むとアリサはくるりと保健室のある方へ向いた。


「テッド様。次の授業はわたくしはおやすみになるかもしれませんがよろしくお伝えいただけますか?」


「了解しました。事情を説明すればご理解いただけるでしょう」


 アリサはテッドにお辞儀をすると前を歩き出した。


「え? 何? テッド! 助けてよ!」


 三人に引っ捕らえられてアリサの後ろを歩いていくパレシャは必死に訴えた。


「ご令嬢。どなたかは知らないがアリサ嬢の説明では男爵家の方のようだ。これ以上俺の名を呼ぶことはゆるされない」


 テッドはパレシャの言葉を待たずに腕にブレザーをかけたまま自分の教室へ向かった。


 パレシャは保健室に監禁されそこへマナー教師が呼ばれて夕方までマナーの勉強になった。アリサとパレシャのクラスメイト三人は早々に離脱することができた。


「まずはそのスカートからどうにかなさい! まあ! 腰で折り込みわざわざ短くしていらしゃるなんて!

女性としての恥辱心は持ち合わせていらっしゃらないのかしら?!」


 マナー教師は血管が切れるのではないかと思われるほどヒステリックになっている。


「だってぇ。せっかく可愛い制服なのに着こなしがイケてないんだもん」


「行けてないとはなんですかっ? どこへいらっしゃるためのそのような不埒な装いをなさるのです?」


「ええぇ。イケてないって通じないのぉ? 他の言い方なんてわかんないよぉ」


「訳の分からないお言葉で誤魔化すのはおやめなさいっ!」


 保険師がマナー教師の背を撫でて落ち着かせようとしている間パレシャは頬を膨らませて不満をぶつぶつと零していた。 


『ここではセンスがないと思うと訳すべきよ。貴女のセンスはこの世界にはそぐわないですけどね』


 パレシャの言葉を耳にしてため息を吐いた者が保健室を離れた。

 

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