第31話 ライアンさんの後悔

 その日の夜、僕はライアンさんが気になって、テントまで行ってみた。

 ライアンさんは表情の抜け落ちたような顔で座っていた。

「やあ、レインくん。様子を見に来てくれたのか」

 僕は頷くと、隣に座る。誰かに聞いて欲しかったのだろう、ライアンさんはポツポツと語り出した。

「僕も君のように、冒険者になるとでも言って家を出ていればよかったよ。そうすれば、僕は兄から何も奪わずにすんだのかもしれない。家族の愛情も、約束された未来も、婚約者も……」

 それだけで大体の内容を察することが出来た。彼の実家は、精霊の召喚者が現れたことで全てを挿げ替えようとしたのだろう。本来家を継ぐはずだった兄の全てを彼に捧げたのだ。

「僕は君の様な天才でも何でもなかった。むしろ兄弟の中で一番劣等生だったよ。誰も僕を気にかけない、それくらいには。でも、精霊の召喚者になってしまった。君は知っているのだろう、精霊がファミリアになる本当の理由を。君とは違う、僕は本物の欠陥品だったのに……」

 そう言って、彼は項垂れた。精霊がファミリアになるのは魂の治療のためだ。召喚者が優れているからでは決してない。

 

 彼の足元にいるアリーが泣いているように見えた。彼女もショックだろう。ファミリアとして召喚されて寂しさから解放されると思ったら、自分が召喚されたことで、ライアンさんは心に傷を負うことになった。彼の家族を壊してしまった。

 彼らは僕達とは何もかもが違う。シュガーも心配そうに二人を見ていた。

「すまない、君に悪いところは何も無いのに、比べるような真似をして。ちょっと君が羨ましかったんだ。僕はあのころ、何も出来なかったから、後悔していることが多すぎて……ずっと思っていたんだ、兄さんがどこかで幸せを見つけていて欲しいと。でも、そんなことは無かった。僕の、自分が許されたいための妄想だったんだ」


 ライアンさんは一頻り言うと、今度は何も言わなくなった。僕はライアンさんにホットワインを入れると、二人で並んで座ってゆっくり飲んだ。

「ありがとう」

 しばらくすると、ライアンさんは僕に言った。その顔は、なにかの決意に満ちた、そんな顔だった。

「僕は兄さんを止める。兄さんがこれ以上誤った道を進まないように、レインくんが呪い感知の魔法具を作ってくれたおかげで、兄さんはすぐに追い詰められるだろう。きっと兄さんを捕まえる事が、僕にできる唯一の贖罪だ」

 僕はライアンさんの決意表明を聞くと、ホットワインを一気に飲み干した。一歩間違えたら僕も彼のようになっていたのかもしれないと思う。今日弟に絡まれたことで余計にそう思った。自分は何も変わらなくても、周りが勝手に騒ぐんだ。僕も気をつけないと。

 

 

 

 次の日の朝、僕らは王都に帰る日だ。騎士達は経過観察のため、まだ森に居るようだ。僕らはライアンさん達と別れて森を出ると、その日の夕方には王都に着いた。依頼の熊を納品して、僕は教会へ向かった。女神様にミッション達成の報告をしなければならないからだ。今回もみんな着いてきてくれる。

 

 教会に着くと僕は祈りを捧げた。

『よくやってくれましたレイン。これで呪いによる被害を最小限に抑えることが出来るでしょう。今回の報酬はカツオ節もどきのありかです』

 カツオ節!あるのかこの世界に!何処ですか女神様、教えてください。

『カツオ節に近いものが貿易都市マルクモアにあります。そこには海がありますから色々な食材が手に入るでしょう。いいですか、食事の前の祈りを忘れてはいけませんよ。忘れたら恨みますからね』

 どんだけ食べたいんだ女神様。わかりました。必ず美味しいものを作ってみせます。だから次の女神ッションはもう少し平和なものでお願いします。

『……』

 無視!?……わかりました。できる範囲で頑張るので報酬は弾んでくださいよ!

『わかりました。レインの喜びそうなものを探しておきます』

 

 僕が女神様との対話を終えて目を開けると、またみんなが僕を見ていた。今回は驚かないぞ。

「今回はどうだったんだ?」

 ルシアが楽しそうに聞いてくる。僕はマルクモアに僕が求めている食材があると伝えた。

「次はマルクモアか、あそこは面白いダンジョンがあるんだよな」

 アイヴァンは目を輝かせて行く気満々だ。

「行くのはちょっと待ってくれない?行く前に新しい調理器具を特注したいんだ」

 僕の言葉にみんな不思議そうにしたものの、僕の料理を信頼しているのか特に不満の声は上がらなかった。

 マルクモアは海がある。という事はあれもあるかもしれない。見つけた時に後悔しないように予め用意しておこう。

 僕は未来に想いを馳せた。

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