第10話
翌日、海が楽しみな様子で夢の中に入り込むと、家の前で司が待っていたが、その表情はどこか不満げな物だった。
「司、お疲れ様」
「……お疲れ様です、海さん」
「ん……どうしたんだ? なんか機嫌が悪そうだけど……?」
海がわけがわからないといった様子で聞くと、司は海に顔を近づけ、その整った顔や司から漂う甘い香りに心臓を高鳴らせている内に司は海の唇に自身の唇を重ねた。
「んっ……!?」
海が驚く中で司は抱きつきながら五分ほど唇を重ねると、ゆっくりと唇と身体を離し、ポカーンとしながらその場に尻餅をつく海を見下ろしながら司は静かに口を開いた。
「……海さんが悪いんですからね」
「え?」
「他の部署の若い子や異性の上司から声をかけられてデレデレしてましたよね。私、偶然それを見かけたんです」
「あ……ああ、それか。他の部署、それも異性から声をかけられる機会はないし、なんだか雰囲気が変わったって言われたからちょっと嬉しくてさ」
「……恋人ではないですけど、私がいるにも関わらず他の人から褒められて鼻の下を伸ばしてたんですね」
司がジトッとした視線を向けると、海はキョトンとしてから静かに笑った。
「……まあそれは否定出来ないよ。これまで異性から声をかけられる機会はなかったし、その内容が悪い物じゃないわけだからそれは嬉しいよ」
「…………」
「司はどう思う? ドリームマッチを始める前の俺と比べて今の俺はどう見える?」
「……たしかに雰囲気は変わったと思います。少しずつ私に慣れてきてもらえてるのか現実でもビクつく事は減ってきたと思いますし、心に余裕が出来ているからか穏やかだけど大人らしい表情を浮かべる事が多くなっていると思っています」
未だ不機嫌そうな司に対して海は嬉しそうに微笑む。
「……そっか。さっきも言ったように俺は他の人から褒められても当然嬉しいし、その相手が異性や上司となれば少しだけ天狗になりそうにだってなる。でも、さっきの司からの言葉が俺にとっては一番嬉しい言葉だ。同じ部署で働く仲間で上司で異性である司が俺の事をそこまでしっかりと見てくれている事は本当に嬉しいし、もっと頑張ろうって気になる」
「海さん……」
「まあ今回は偶然見られていたわけだけど、向こうでもこっちでも司には嫌な気持ちにさせないように色々心掛けるよ。俺だって同じ状況になったら同じように嫌な気持ちになるだろうからな」
「…………」
「さて、今日もここでミッションを頑張ろう。いつも司に現実で頑張ってもらってる分、ここでは俺もしっかりと力になれるようにするからさ」
海が笑みを浮かべながら言うと、司の目には小さく涙が浮かび、それを軽く拭ってから司は再び海の唇に自身の唇を重ねた。それに対して海は驚いた様子を見せたが、一度目と比べて多少余裕がある様子でそれを受け止め、司が再び唇を離すと、海は司を静かに抱き締めた。
「……司の唇、ほんのり甘くて花みたいな良い香りがするな」
「……ありがとうございます。あの……勝手に焼きもちを焼いてしまい本当にすみませんでした」
「良いって。焼きもちを焼いてもらえるだけありがたいわけだしさ」
「海さん……」
司が嬉しそうにしていると、二人の携帯電話から陽気な音楽が流れ、画面を確認した二人の目にはミッション達成を報せる内容が映し出されていた。
「……愛のあるキスをすると思いのこもったハグをするの二つが達成されたみたいだな」
「そうですね。まあ今さら確認する必要もありませんけど、このミッションが達成出来たという事はつまり……」
「……司の事は他の異性よりも好きだ。少なくとも愛のあるキスをする事が出来るくらいには」
「そうですか……」
「でも、まだちゃんと告白をするだけの勇気はない。年上で男なのに恥ずかしいけどな」
「……そんな事はありませんよ。私だってムードとかは大事にしたいですし、その時が来るまで待ちますよ」
司が笑みを浮かべると、海は同じように嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとう。よし……それじゃあ他のミッションを達成していくか。達成していく度に俺達の仲だって深まるわけだしな」
「はい。時間も有限ですしね」
「だな」
海が答えた後、二人は家の中へ入っていった。そしてドアがバタンと閉じると同時にばっくんが緑の葉を多くつける木の下に出現した。
「嫉妬の炎じゃ気持ちが離れるような二人ではなかったばくね。そんな物すらも簡単に消し去る程の愛情の水源があればたしかに納得ばく。けど……」
ばっくんは木の根もとに目を向けた。そこは綺麗な茶色をしていたが、一部は黒ずんでいた。
「植物も人間も食べすぎ飲みすぎは体に毒ばく。あげすぎちゃうと根腐れしちゃうばくよ。そしてそれは愛情だって同じばく。強すぎたり多すぎたりするとそれはいつしか根腐れを起こすばく。あの二人はどうなるばくかねぇ」
家を見つめるばっくんの表情はどこか楽しそうであり、その内にばっくんは木のうろに身体を入れていくと、そのまま音もなく消え去った。
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