第9話
翌日の夜、海が夢の中に入り込むと、家の前には既に司の姿があった。
「あ、司。日中ぶりだな」
「こんばんは、海さん。そうですね、会社でも会っているのにこうして夢の中でも会っているというのはなんだか不思議な気分です」
「そうだな。あ、そうだ……会社でまたビクついて本当にゴメン。夢の中で会う時は上司の上野主任としてじゃなく一人の女性である上野司さんとして会ってるってわかってるからまだ良いんだけど、会社だとどうにも意識しちゃって……」
「仕方ありませんよ。この不思議な体験について誰かに話したところで信じてもらえるわけはないと思いますし、いきなり関係性が変わっていたら周囲の人達も驚きますから少しずつ現実の私にも慣れていってもらえたら良いだけですよ」
「うん、ありがとう。よし……それじゃあ今夜もよろしくな、司」
「こちらこそよろしくお願いします、海さん」
二人は笑いあった後に家の中へ入っていき、携帯電話を見ながら軽く話し合いをした。そして画面に表示されているミッションを一つずつこなしていくと、それと同時に家の横に植えられた木は少しずつ育っていった。
「ふう……これで今日は五個くらいこなしたかな」
テーブルの上に並べられた料理を食べながら海が言うと、司は嬉しそうに頷いた。
「そうですね。一緒に部屋の模様替えをするや一定時間手を繋ぐ、一緒に料理をして食べるなど色々な事をしましたし、昨夜の分も合わせると十ほどはこなしたかと思います」
「ペースとしては悪くないし、ミッションだって協力さえすればこなせない物じゃない。まあ十分程度のハグとかお互いに五分程度見つめるみたいな奴はちょっと恥ずかしかったけどさ」
「同感です……私、この歳になっても男性との交際経験の一つも無かったので夢の中とはいえこうして男性と何かをするというのは本当に緊張してしまいます」
「俺だって経験が豊富ってわけじゃないよ。学生の頃は一人二人彼女を作れたけど、その後はめっきりだし、その時の友達が次々に結婚していくのにお前はまだなのかって実家の母さんからつつかれる毎日だしさ」
「そう……だったんですね」
司が軽く俯く中、海はその肩に静かに手を置いた。
「でも今は司との関係が一番だ。まあ昔の関係が今になって復活するわけもないし、こうした形じゃないと俺は異性と何かをする機会もない。だから、突然ではあったけどこの関係は本当に貴重だと思ってるし、大切にしたいと思ってる」
「海さん……そうですね、私も同感です。それに、こうして夢の中で海さんと一緒にいるとまるで海さんと結婚をした後のように思えて、これでもだいぶドキドキしているんですよ?」
「け、結婚か……そ、そうだな……」
海がどぎまぎし始めると、司はその姿を見てクスクス笑い始めた。
「海さんは攻めに弱いんですね。良い事を知りました」
「つ、司……」
「ふふ、先に私をドキドキさせたのは海さんですからね。そのお返しです」
「はあ……司と本当に恋人になったら毎回こんな感じになるんだろうなぁ」
「嫌ですか?」
司の問いかけに対して海は微笑みながら首を横に振る。
「まったく。それなら俺だって負けないくらいドキドキさせるだけだからな」
「……そうですか。それならそれを楽しみにしながら待っていますね」
「ああ、待っててくれ。よし、次のミッションもあるし、冷めちゃっても良くないからさっさと食べてしまおうか」
「はい」
司が幸せそうに答えた後、二人は再び料理を食べ始めた。そしてそんな二人の様子をばっくんが窓からこっそりと見ていた。
『二人とも幸せそうでなによりばく。けど、現実はそう甘くはないばくからねぇ。まあばっくんはただ見てるだけだし、このまま傍観者で居続けるばくー』
そう言うとばっくんはシルクハットを脱いでからその中に前足を入れ始めた。そして少しずつ体が入っていくと、そのまま姿を消し、シルクハット自体も音もなく消え去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます