第5話
「え……な、なんで……」
『なんでって、貴方が望んだ相手がこの人だっただけばくよ? 貴方もご存じの通り、この人は年下で落ち着いた性格の人ばく』
「たしかに望んだけどさ……! けど、上野主任は俺にとって本当に苦手な人なんだよ!」
『こんなにべっぴんさんなのに苦手なんて贅沢ばくねぇ。ほら、しっかりと見るばく』
「ほらって言われても……」
促されて海は司に改めて視線を向ける。長くツヤのある黒髪とキメ細やかな肌、そしてスヤスヤと寝息を立てる目鼻立ちの整ったその顔とスラッとした体型に海は次々視線を向けると、小さくため息をついた。
「……お前達の言う通り、上野主任は結構俺のタイプの人だし、こんな人と付き合えたら良いなとは思うよ」
『そうばくそうばく。それなら問題はないばく』
「けど、やっぱり苦手意識は拭えないよ。相手を変えるのは出来ないのか?」
『少なくとも七日間は出来ないばく。もしもお互いに相手が気に入らなければ七日目の終わりにそれを言ってくれたら良いだけばく』
『その時はその七日間は無かった事にして、二人の関係は元通りになるだけばくよ。ここで何があってもそれは無かった事になり、貴方達は元通りの上司と部下になるばく』
『そもそもなんでそんなに苦手ばく? 差し支えなければ教えてほしいばく』
ばっくんの問いかけに対して海は表情を暗くしながら答える。
「……俺さ、今の会社に中途採用で入ったんだよ。前のところでリストラされて必死になって入ったのが今のところで、そしたら上野主任がいる部に配属されたんだ」
『頑張ったんばくねぇ』
「年下が主任として頑張ってるわけだし、新入社員で年上の俺だって頑張らないわけにはいかないしな。けど、現実はやっぱりそう甘くはない。元々物覚えが悪い俺は仕事も中々うまくいかなくて、上野主任には怒られてばかりなんだ。怒られるのは仕方ないし、工夫はしたつもりなんだけどやっぱり怒られるばかりで、その内に上野主任の顔を見るだけで体がビクついたり声を聞くだけで怒られるんじゃないかって思ったりするようになったんだ」
『トラウマ的な感じばくね。それなのに自分の理想の相手として選ばれたわけだから変えたいと言うのもまあわからないばく』
『でも、ルールはルールばく。貴方達二人にはきっちりここで一日八時間半過ごす生活を七日間続けてもらうばくよ』
「……やっぱりダメか。はあ……今から気が重いな」
海がため息をついていたその時、司が静かに目を開け、ボーッとしながら辺りを見回し始めた。
「え……ここは……?」
『お、お目覚めばくね』
「あ、ばっくんさん……おはようございま──」
少し嬉しそうにばっくんに挨拶をしていた司は海の存在に気づくと、驚いた様子で海を見つめた。
「い、伊吹さん……!?」
「こ、こんばんは……上野主任……」
驚く司とビクつく海が見つめ合う中、二匹のばっくんは手を繋いだ。するとばっくん達はやがて一匹になり、被っていたシルクハットを脱いでから優雅に一礼した。
『さて、二人揃ったところで改めてここの説明をするばく。質問は話の後に受け付けるからまずはしっかりと聞いてほしいばくよ』
二人がそれに対して頷いた後、ばっくんはシルクハットを被ってから話を始めた。
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