第4話 産後復帰のつらさ
のんべんだらりと育児休暇を過ごし、職場に復帰した美和ちゃんは、そこでまたしても人生の苦難を味わった。
それは産後復帰だ。
ゆったりした育児休暇から、現場復帰。まぁ、普通に考えてもそのギャップはかなりのものかと思うが、一年近く不在にしていた職場は馴染みのある古巣でありながらそうではなかった。
知らないルールのオンパレード。取引先の担当も変わっている。それに加え、鈍っている、とか勘が悪くなったとか以前に、脳内がバグってミスを連発しまくるのだ。
そこに書かれているのに見えてない、確認したはずなのに処理できてない。週の予定なんて春の小川ぐらいサラサラ流れて、誰かに言われて思い出す始末。
年のせいか? それにしては何かおかしい。病気かもしれない。美和ちゃんは本気で認知症の検査を受ようかと思ったが、どうやらこれも産後の変化らしい。
マジか?
仕方がないので、とにかくメモを取ったが、メモを取ったことすら忘れてしまうので、業務の優先順位が赦す限りは、やれと言われたことをとっとと済ませることにした。
なにせこんな頭な上に、子供はすぐに体調を壊す。だから会社にいながら更なる情報薄弱に陥る。出勤した途端に保育園から電話がかかってきてそのままトンボ帰りなんて、ワーママのテッパンネタももちろん経験した。
育児も仕事も家事も不十分。こんな状態で扶養控除を考慮するからもっと働けとか政府は言ってんのか? バカじゃないのか? なんでこんな生活してんだろ? と煩悶する日が続いた。
隣の席では、
男女格差を無くすだの、男性の育児参加だの、いろいろ叫ばれている世の中だが、男女には絶対に埋まらない溝がある。
PMSや出産なんてものは最たるもので、子宮のある女性でなければ経験することはないし、同じ女性でも、理解できない部分はある。
しかも日本は、性教育後進国だ。
その昔、女性は子供を産む機械と言って叩かれた政治家がいたが、あれは、機械呼ばわりされたことに怒ったのか、子供産んでりゃいいんだ、という風潮に怒ったのか。
美和ちゃんは詳細をよく知らないが、女性は受精卵を育むための機能を持っている、と言われれば、その通りだ。否定のしようがない。
結婚して出産するだけが女性の幸せではないという言葉はその通りだが、女性には子供を産めるタイムリミットがあるという歴然とした事実は事実として受け止めなければならないだろう。
卵子凍結できれば大丈夫って話でもない。出産までには妊娠を維持継続するだけの健康な体が必要だからだ。
不妊治療なんかせずに子供が産めるなら産んだ方がいいよ。と切に思っているのは、今まさに不妊治療の苦しみを味わっている男女や、子供を授かることの尊さをひしひしと感じている美和ちゃんのような高齢家族連中だろう。
PMSにしてもそうだ。隣の女がこれほどまでに異常な怒りを発しているのに婦人科に行けとアドバイスする者はいない。生理というタブー視されがちな内容だからだ。
言ったらセクハラになるのか? こんなにパワハラされてんのに?
なので、隣の女がポロッと生理不順の話をした時に、美和ちゃんは全力で婦人科受診を勧めた。
「それ。ソッコー行った方がいいよ! マジで! 放置すると大変なことになるよ! 明日? いいよいいよ。行って来なよ! 午前休取っていいから早く行っておいで‼︎ いっそのこと丸っと有給でもいいよ!」
彼女がさぁ、生理前でイライラしてんだよねーマジ勘弁してほしいわー。なんつー悩みを抱えている男子も覚えておくといい。
女性には毎月思春期がやってくる。盗んだバイクで走り出したり、夜の校舎の窓ガラスを割ったりしたくなる、例のやつだ。そしてそれを鎮めてくれるのは、恋人の存在ではなく、婦人科だ。
そして、婦人科と共に美和ちゃんを救ってくれたのは、同じ職場で働くワーママたちだだった。そこには経膣だの帝王切開だののマウントもなけりゃ、
つまりは、恵まれた職場だった。
そこで、神のような年下の先輩社員たちにこう言われた。
「大丈夫よ。美和ちゃん。今は会社に来るだけで偉いんだから」
なんじゃそりゃ? と思うかもしれないが、産後復帰とは本当にそんなレベルなのである。
「家事とか全然出来てなくて」
「いいよいいよ。そんなの適当で」
「食事とかも、お惣菜とか出しちゃうし……」
「美味しいじゃん。お惣菜」
「ちびっ子にもテレビ見せてたり」
「ウチはずっとアマプラ見てるよ。そのうち勝手に見たい番組自分で選ぶようになるから」
「こんなんでいいのか、本当に疑問で……」
『それでいいのよ』
どうやら、ワーママに必要なのは神のような家事スキルやお掃除ロボットではなく、割り切りらしい。
今日はここまでと目標を立てて仕事をする。出来ない部分はとっとと人に振る。家事は最低限にとどめ、手抜きする。無理しない。人に頼る。甘える。何もかも妥協と割り切りだらけの生活である。しかしそれが功を奏しているのか、ワーママは大抵、効率重視で合理的な考えのもと仕事をしている。そして、ワーママネットワークは強靭で、何か困ったことがあれば仕事に限らずプライベートでも互いを助け合うのだった。
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