第2話 美和ちゃんの婚活

 そんなこんなで婚活を再開した美和ちゃんは、結婚相談所に登録をした。

 折しも会社の福利厚生で会員登録に必要な初期費用を会社が負担するという話が出たばかりだったのだ。これは登録しない手はないと、職場の友人三人で手続きをした。結婚を勧めるなんてけしからんなんて意見が出たかどうか、美和ちゃんは知らない。ただ一つ分かったことは、この会社は政府よりもよほど日本のことを考えて動いている。ということだった。


 派遣社員とはいえ大企業で働いていた美和ちゃんにとって、旧態依然とした風習が色濃く残るこの会社は決して居心地の良いものではなかったが、失業の憂き目から救ってくれた恩がある。プロパー社員に比べて年収は落ちるものの、トータルすれば派遣時代とトントンで、そこに福利厚生やら、各種手当がつくのだから、派遣でいるより格段に待遇は良い。そして何より、働こうと思えば定年まで働ける。これが大きかった。

 新しい会社に行って、仕事を覚えて人間関係を構築し、慣れたと思った頃にはいさようなら、そんなサイクルをこれ以上繰り返すのがとにもかくにも嫌だった。

 美和ちゃんは社交的な人間であるが、婚活の云々からもわかるように世渡りが上手い人間とは言えない。コミュ障とまではいかないまでもそこそこ内弁慶な人間なのだ。

 毎日通勤すれば、自分のデスクと仕事があって、今はまだぎこちなさが残るが、そのうち友達になるであろう見知ったメンバーと仕事をして、収入を得る。社風がどうであれそれが何よりの心の安定だった。

 会社が新しいプロジェクトのために、人件費を抑えて、派遣に取って変わる人材を確保しようとしていることは承知していた。

 それでも美和ちゃんは構わなかった。だって、もう「更新はありません」なんて言われなくて済むのだ。人間足るを知るのは本当に大切だと美和ちゃんは心の底から感じていた。


 そんな美和ちゃんだが、一方で重要な人間関係の構築には失敗し続けていた。

 そう。婚活だ。

 時間は限られていたのに、結婚するつもりもない彼氏に見切りをつけることが出来なかった。そんな関係にもいよいよ終焉が見えた時には、失業の憂き目に遭い、仕事も彼氏も同時に失った。その後は彼氏どころではなくなり、気づけは適齢期終了。

 そうしてとうが立った女がいくら声をかけても、振り向いてくれる男性はいない。

 女性も男性も自分の理想を追い求めて婚活サイトにプロフィールを乗せる。当然のことながら判断基準はそれだから、若い子が持て囃されるのは当然だった。

 否、齢を重ねた美和ちゃんにだって声をかけてくれる男性はいたのだ。幾つも上の、中には六十代なんてのもいた。他人に値踏みされる屈辱を味わいながら、しかし、その一方で美和ちゃんだって男性を値踏みしている。年収一千万以上の長身の次男なんて、大層な物件を狙っていたわけではないが、さすがに自分より年収の低い男性に声を掛けようとは思わなかった。

 正社員の称号を手に入れたとは言え、美和ちゃんの年収は一人暮らしがやっとできて、月に一回か二回、友人と飲みに行ける程度でしかなかった。

 そして、衝撃的な事件が起こった。一緒に婚活サイトに登録した美和ちゃんより二つ年下の同僚と話をしている時だった。

「この人から連絡もらったんですけど、微妙だったんで断ったんですよね……」

 そう言って彼女が見せてくれたのは、美和ちゃんが密かに狙っていて、声をかけたはいいものの返信すら寄越さなかった男である。

 男は年収、女は年齢。

 婚活にはこの不文律が明確にあるということを、美和ちゃんは身をもって体験した。

 失業中と同様、心はズタボロである。

 婚活なんて一人でやるものだ。絶対に友人と、しかもノリで登録するようなものではなかった。

 がっくりと項垂れる美和ちゃんは、その後何の成果も挙げられないまま二年の月日を過ごすことになった。


 もう、子供を持つのは無理かもしれない。であれば、せめて会社が推奨する資格を取ろう……手当も付くし。

 そして,二年後、もう嫌だ嫌だ、勉強なんかしたくない。参考書も問題集ももう見たくないーー‼︎

 それぐらい勉強というものに嫌気がさした時、美和ちゃんは放置していた婚活アプリに一件の着信があることに気づいた。

 それは、登録したての時に何回かメールのやり取りをしつつも、何となくフェードアウトした人物からのものだった。

 そうか。彼もまだ売れ残っていたのか、と思いつつも「良かったら、会ってお話しませんか?」というお誘いに、美和ちゃんは即刻オッケーを出した。

 とにかく会える人には会っておこうと決めていたし、よほど変な人でない限り付き合ってみようと思っていたからだ。

 更には、二年間溜まり溜まった勉強したくないストレスを誰かに会って発散したかった。デートしたかったのだ。挨拶して茶を飲むだけでいい。しかし、友人ではない他の誰か。この虚空な胸の内を満たしてくれる新しい出会いを求めていた。


 かくして、美和ちゃんは男性とデートの日取りを決めて、会いに行った。スタバでコーヒーを飲み、自己紹介がてら他愛のない話をしたわけだが、その時から「あれ? 何かこの人と一緒にいるの苦痛じゃない」と思っていた。

 彼はちょっと不思議ちゃんで、多分、社内で浮くタイプだ。でも何故か、一緒にいて楽だった。

 そんなこんなでお付き合いが始まり、僅か八ヶ月で入籍した。周囲はびっくり仰天。美和ちゃんが結婚しないことに業を煮やしていた美和ちゃんの母は「紹介したい人がいる」という連絡を受けた時、絶句した後、こう言った。


「わかった。それまでに畳張り替えておくから!」

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