美和ちゃんは休みたい
畔戸ウサ
第1話 美和ちゃんのこと
美和ちゃんはいわゆるアラフォー女子だ。
中肉中背、平々凡々な容姿の彼女は、中くらいの高校を卒業し、中くらいの大学に進学した。その後、就職し、すったもんだの挙句三十七で結婚し、翌年女児を出産した。所謂
美和ちゃんの大学時代の友人も同じ年齢で出産したが、それは第三子だった。初めての育児に悪戦苦闘する美和ちゃんとは違い、三人目の彼女は余裕綽綽で、格の違いに美和ちゃんは愕然とした。
美和ちゃんが晩婚だったのは、主に二つの要因がある。美和ちゃんが就職した時は、氷河期と呼ばれる時代で、やっとのことで美和ちゃんが就職した会社も、入社から五年目に破綻した。
泣く泣く再就職の口を見つけようとしたが、簡単に雇ってもらえる状況ではなく、背に腹は代えられないと美和ちゃんは派遣会社に登録した。実家の両親は美和ちゃんのことを心配して、且つ適齢期を迎えていた娘のために再就職口ならぬ、お見合い相手をどこからか引っ張ってきた。
そこで大人しく地元に帰っていれば異なる人生が始まっていたのかもしれないが、一人暮らしの心地よさに慣れていた美和ちゃんは、両親の言葉に背を向けた。
何とか職にありつき、派遣社員として働く中で婚活にも精を出してみたがどれもこれもピンとこず、リーマンショックの最中美和ちゃんはますます仕事があることの大切さを実感することになった。
……であるにもかかわらず、どこの誰が言い出したのか今度は派遣法の改正で、突然の有期雇用を言い渡された。会社の規模は大きかったが、派遣社員を正規雇用にする気はさらさらなかった。美和ちゃんはその会社で既に五年働いていた。今まで通りで何ら不自由はなかったのに、どっかの馬鹿が余計なことをしてくれたお陰で、こりゃマズイと会社は派遣社員をにべもなく切り捨てたのだ。タイムアップを迎えて再び失業した美和ちゃんは、皆が結婚だ、子育てだとワイワイやっている傍らで生きるために再び職探しの毎日を過ごすことになった。
劣等感に打ちひしがれ、友人との繋がりに苦痛を感じ始めた頃、やっとのことで、就職先を見つけ——そこも六か月の短期雇用ということで働き始めたが、会社が倒産、派遣切りの憂き目を乗り越えてきた美和ちゃんは、したたかな女に変貌していた。会社が倒産したと絶望し、派遣の面接にすら受からないと涙に暮れるだけで腹が膨れるならそうしただろう。しかし、現実はそうではない。生きていけるなら、社会とつながりが持てるなら、何だってやるし、何度でも面接受けてやろうと完全開き直りモードに入っていた。
そんなこんなで、短期雇用だったはずの会社が限定社員という名の元、中途募集をかけるという話を耳にした時、美和ちゃんは自分の望まない職種であったにも関わらず、一も二もなくそのオファーに飛びついた。そして、晴れて正規雇用の地位を手に入れ、美和ちゃんは派遣法の呪いから脱出することができたのである。
とはいえ、問題の派遣法はその後数年で是正された。
美和ちゃんはそのニュースを見た時、まるで自分たちの世代は地雷撤去のために最前線に送り込まれた人柱のようだと感じた。氷河期世代が直面した問題を政府が解消しても、救われるのはそれ以降の世代だけだ。おっさん、おばさんになった非正規をこの国はどうするつもりなのかとニュースを見ながら美和ちゃんは背筋が凍る思いだった。雇用の問題然り、派遣切りも、賃金格差の是正も氷河期世代にとってはなにもかも遅すぎる。
それでも氷河期世代はには、脈々と受け継がれるこんな呪いの言葉がある。
『自己責任』
就職した会社がつぶれたのも、真面目に就職活動をしなかった美和ちゃんのせい、親の言いつけに従わず適齢期を逃したのもも美和ちゃんのせい。
だってそうでしょう? 定職に就かなかった友人は、アルバイト先で知り合った学生を青田刈りして、見事公務員の妻になった。そんな方法もあったのか、と美和ちゃんは彼女の世渡りの上手さに舌を巻いた。自分が本気で動けば人生などどうにかなるものだと彼女はその生き方を持って美和ちゃんにエールを送ってくれていたのに、そうしなかったのは、やっぱり自己責任だと美和ちゃんも三分の一……否、七分の二ぐらいは思っていた。
となれば、こんなところでうかうかしていられない。
つぎの問題は、結婚、そして子育てだ。
生活が安定した美和ちゃんはさっそく婚活を再開した。
気づけは三十五歳になっていた。
一般的に子供を産むタイムリミットとされている年齢だ。
そんなこんなで婚期を逃した美和ちゃんのような女子がわんさか増えてワーワー騒ぎ始めた頃に、日本政府は「婚活」だの「不妊治療」だのそんなことを言い出すのだろう。
そんな後手後手対応を当てにしていたら、美和ちゃんが昔描いたライフプランはズタズタのボロボロになってしまう。
飛び込む勇気としては就職活動も婚活も大差ない。しっかりした企業かどうかというポイントも似ている。そして、美和ちゃんにとって何よりも重要なファクターとなるのが、居心地の良さだ。イケメンでなくとも、不思議ちゃんでも、収入が安定していて、一緒にいて楽な存在。
美和ちゃんはとにかくいろんな人間に会ってみよう、と決意した。
だって、日本政府が晩婚化に本腰を入れるのを待っていては、美和ちゃんはお婆ちゃんとまではいかないにしろ、四十代に突入してしまう。
そして、そんな美和ちゃんを見て、氷河期世代の勝ち組は口を揃えてこう言うに決まっているのだ。
——だって、そうなったの自己責任じゃん? ——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます