第35話 詰んだ

 まず、青山はサウスリーダーだけでなく、そこのメイドも護衛だったと。

 しかし、青山たちの車両に入った時には、女性は彼の秘書だけで後の三人は全員男だった。

 ということは、あの時点でこのメイドは他の暗殺者がいる可能性を考えて、あの場にいなかった。

 では、どこへ行ったのか。

 列車の上だ。

 そこには黒い野良猫ことサイレントが青山へ奇襲する絶好のタイミングを狙っていたはず。そこにやってきたメイドと鉢合わせした彼女たちは、吹き荒れる列車の上で戦闘を行い、メイドが勝利したのだろう。

 サイレントがいくら待っても姿を現さなかった理由は分かった。

 問題はその後だ。

 メイドは列車の上からこの船を発見してやってきたと――どうやって。

ブリッジからこの船までは三キロ。これが酸人形を離れて動かせることのできる限界だ。

そして船からブリッジまでの高低差はマンション十四階建ての高さ。

そこからこの船まで飛び降りたとして、自分に気づかれずに降りられるだろうか。

いや、実際に降りて目の前で微笑んでいるのだから、事実を受け止めるしかない。

おそらく何らかの能力で気づかれずに飛び降りた時の衝撃をうまく逃がしたのだろう。

 ず、頭痛がしてきた。

「落としましたよ」

「えっ?」

「スマートフォン……落としましたよ」

 足元を見れば確かにリカードのスマホが落ちている。

 おそらく、この波のうねりでいつも置いている場所から転がったのだろう――そうだ、このメイドがDIFなのだとしたら、当然DIF図鑑に載っているはずだ。

 それに目を通せば何か対策を思いつけるのでは。

「失礼した。少し使ってもいいだろうか?」

「どうぞ」

 手にしたスマホでDIF図鑑を出し、『日本、ニューライトブルーシティー、みつおかしぐれ』と検索をかけた。

 

 光岡時雨。

 女性・      DIF。

 ニューライトブルーシティー十二災害の一人。

 ランクB







 えっ、これはどういうことだ。

 表示された内容の少なさもそうだが、一番驚いたことはランクAのリカードがランクBの情報を全て閲覧できないこと。

 DIF図鑑によると、彼女のランクB。であるならば、ランクが上のリカードならば全部閲覧できなければならない。

 一体何が起きているのか。

 それと、この『ニューライトブルーシティー十二災害』とは何なのか。

 名前からしてかなり物騒な感じがする。

 リカードはすぐに、『ニューライトブルーシティー十二災害』を検索。

 そして青ざめる。

 五人のリーダーに匹敵する強さ、周囲に被害をもたらす程の攻撃範囲、一度暴れ始めたら止めることは容易ではないという凶暴性。

 そんな危険な奴らが十二人いて、そのうちの一人が目の前にいるメイド――。

 ダメだ。勝てる気がしない。

「あら、大丈夫でしょうか? 何やら震えていらっしゃいますけど……」

 サウスリーダーや青山と同等の強さを持ち、正面からサイレントを倒した程の相手とやり合うなんて自殺行為。

 そもそも、酸人形を操る戦い方なので、リカードはそこまで強くない。

 よって、リカードがメイドに勝てる確率はゼロである。

 リカードが頭の中で絶望的な確率を出したその時、

「この気配……竜王?」

 彼女の視線の先を辿れば、圧倒的な力の化身があと数秒で姿を現す状況――詰んだ。

「あの……降参です。全て話すので、命だけは」

 両手を上げて、抵抗しない合図を見せる。

「そうですか。では、“呪い”のことを……それは後にしましょう。このまま船の進路を東京へ向けてください。あなたも竜王と鉢合わせしたくないでしょう」

「わ、分かりました」

 リカードはすぐに操舵を動かして東京へ進路を取る。

 操舵を握る手が震える。

 なるべく頭を低くしてリカードは、竜王に見つからないことを祈りながら東京を目指す。

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