第33話 もう一人の護衛


 気配が消えた。


 それと同時に、縛っていた金の感触から酸がなくなる。


 どうやら、完全に吸い尽くしたようだ。


 拘束していた金を解除すると、細かな粒子となって目の前から消える。


 青山には力にサムズアップで戦いの終わりを知らせると、警戒と変化を解いて肩を回しながら久しぶりに戦った体を労わっている。


 逃げたリカードに関しては、竜王かTWGに丸投げするとしよう。


「うん……電話か。走矢からか……いや、違うな」


 スマホの画面には登録されていない番号が表示されている。


 一体誰だろうか。


「もしもし」


『青山、私だ。走矢だ。お前にちょっと訊きたいことがあるんだが……取り込み中か?』


 電話の相手は走矢だった。


 なぜ、自分のスマホを使用していないのか、色々と訊きたいことがこちらもできたので、お互いの報告をし合うとしよう。


「いや、大丈夫だ。さっきまでは邪魔者を相手にしていたが――」

 

『邪魔者って、お前、襲われたのか⁉』


「おうよ。しかも熱烈な歓迎だったぞ。何たって、ランクAの暗殺者を送り込んでくるあたり、完全に俺の命を奪いにきている。こりゃ、参った。あははははは」


『いやいや、笑い事じゃないだろう。暗殺者は気になるが、それよりもお前に暗殺者を送るバカは、一体誰が……』


 そこまで口にして、走矢の言葉が止まる。


 多分、暗殺者を龍太郎に差し向けた人物に思い当たったのだろう。


「お前が考えている奴で合っていると思うぞ。俺に仕掛けるなら、逃げ場所のない走る列車の中しかないからな」


『千両寺冬也め。命知らずにもほどがある……で、そっちは大丈夫なのか?』


「問題ない。こんなこともあろうかと思って、力を連れてきていたからな」


『サウスリーダーが動いたのか!』


 驚いている、驚いている。


 二人は飲み仲間で、力はよく走矢に愚痴をこぼしていると聞いたことがある。だからこそ、ニューライトブルーシティーから出てきたことが、青天の霹靂だったみたいだ。


「さて、そろそろ本題に入ろうか。走矢は何を訊きたいんだ?」


 これを訊いておかないと、今の進捗状況が分からないからな。

 

『単刀直入に訊く。DIFか?』


 ほう。


「……どうして、そう思ったんだ?」 


 というわけで、走矢の推理を聞いてみたが、相変わらず洞察力の高いことだ。


 今回の依頼を走矢に任せたのは正解だったな。


「さすがは走矢だ。そこまで辿り着いているということは、USBが存在していることも突き止めているわけかな?」


『……⁉ それは旧長屋道製鉄所にある物が、二つ目のUSBメモリってことなのか?』


「そういうことだ」


『なるほど。おかしいとは思っていた。渡されたUSBメモリだけでは、千両寺冬也の犯罪を匂わせる程度で、決定的な証拠は何一つ存在していなかったからな』


「それもそのはず。本来ならそのUSBメモリは相手に渡っているはずだったんだ」


『意味が分からない。ならなぜ、川本みなとはももちゃんに渡したりなんかしたんだ?』


「当初の予定では、敵にUSBメモリを渡した後、隠し通路から逃げる計画だったが、彼らが来るよりも早く彼女が帰宅してしまったことで計画が潰れてしまったようだ。慌てた川本みなとは敵に渡すはずだったUSBメモリを彼女に渡して逃がしたようだ」


 龍太郎は一度、スマホを外して最後尾に座っている男へ声をかける。


「それで合ってるか」


 その問いに男は首を縦に振る。


「……な。これで答えになったか」


『ああ。だが、新たな謎が生まれた。彼のDIFとしての能力だ』


 だろうね。


「DIF図鑑に載るのは時間の問題だからな……いいだろう。その能力とは――」


『ドーン!』


 突然頭上から鳴り響く轟音と共に崩れる天井。


 驚きのあまり崩れてくる天井を呆然と眺めてしまう。


「龍!」


「市長!」


 電話をしていた亜里沙の素早い反応により、青山の左腕を強引に引っ張ってくれたおかげで回避できたが、その際に手から滑り落してしまったスマホは、無情にも瓦礫に押しつぶされてしまった。


「ありがとう片倉君。助かったよ」


 助けてくれた亜里沙へお礼をすると、一瞬だけ微笑んだ彼女はすぐに真面目な表情で通話相手に文句を口にしている。一体誰と会話しているの気になりつつも、青山の興味は頭上から落ちてきた物へ移る。


 なぜなら、天井の瓦礫の他になぜか人間の姿があったからだ。


「……誰、この人?」


 その女性は体中に合計十本の細い剣を突き刺されていた。


「うっ、うああ」


 辛うじて息はあるようだが、目は虚ろで意識はもうろうとしていた。


「……こちらの女性は、どうやらコードネーム・サイレントだそうです」


 通話を終えた亜里沙が答える。


「本当か! 片倉君」


「謎の暗殺者サイレントだと!」


 女性以外は謎のヴェールで隠されていたため、目の前で無残な姿で横たわる見目麗しい女性がサイレントだとは思わず驚いた。


「先ほど突然時雨しぐれさんから電話がかかってきまして。何事かと思いましたら『今からサイレントを落とします』と言われた直後に、市長の頭上から天井が壊れたものですから、驚きました」


「なるほど。状況が把握できたよ」


 これはびっくりだ。


 堂々と入口からリカードが現れたから、暗殺者は彼一人だけと思っていたら、サイレントまでいたというのだ。


 これは彼女に感謝しなければならない。


 性別以外はDIF図鑑にも載っていない謎の人物とされているが、実は能力に関していえば警護、護衛をしていたDIFたちの証言から、ある程度の把握ができている。


 まずサイレントは少なくとも二種類、または三種類の能力を持っている。

周りが真っ暗になって護衛対象を見失った、という話から闇を扱う能力。


 護衛でさえ気づかれることなく対象を殺せることから、時を止める能力、又は音の能力、なのではと推測されている。


 さらにこれらの能力は、魂型、召喚型、そしてアース型ではまずありえないので、サイレントは精霊型のDIFと確定している。


 そんな謎多き相手を倒すとはさすがだ。


「ちなみにですが、先ほどDIF図鑑にサイレントの能力が公開された、と時雨さんがおっしゃっていました。ご丁寧に文面で彼女の能力を送ってきてくれましたので、今から読み上げますが、よろしいでしょうか?」


「頼む、片倉君」


「精霊型で闇と音の精霊と契約しているそうです。周囲の音を消して暗殺対象に近づき、視界を闇で奪い混乱したところを刈るそうです」


 スマホの画面を見ながら公開されたばかりの情報を亜里沙が説明する。


「闇と音の能力を持つDIFか。予想通りの能力だが、敵に回せば厄介な能力と言わざるを得ないな」


「そうだな。でも俺は、そのサイレントをこんな姿にしたメイドの方がよっぽど恐ろしいが」


 力はサイレントの体に突き刺さっている細い剣を指して、苦笑いを浮かべている。


 その気持ちは分かる。


 走る列車の上で、風に煽られながら足場の悪い場所で戦い、サイレントの能力を見破った上で倒したということだ。


 彼女を敵に回してはいけないな。


 絶対に。


「それで片倉君。光岡君はどこにいるんだい。彼女の姿が見えないんだけど……」


「時雨さんでしたら、すでにリカード・レインを捕まえに行っていますよ」


「「……えっ⁉」」


 青山と力は互いの顔を見合わせて驚く。


 そんな二人に亜里沙はスマホの画面を二人に見せる。


『青山市長を襲った人物を仕留めてきますので下車します』


「下車って、この列車は出てんだぞ。それを……下車ってよ」


 あまりの突拍子のない文面に力は――いや、青山と亜里沙もかなり引いている。


 しかし、彼女ならばありえる、と妙に納得してしまうのも普段の行動を見ているからこそだ。


「⁉ またメールが届いたみたいだぞ」


「これは、時雨さんからですね。えーと『任務完了。戦意喪失の犯人の運転でそちらへ向かいます』だそうです」


 言葉が出てこなかった。


 青山を襲った人物とは、間違いなくリカードだ。彼が撤退してから僅か一分弱で確保してしまった。


 化け物だ。


「……うん。彼女を絶対に怒らせてはいけないと、サウスエリアに通達しておこう」


 あの力が、穴の開いた天井を見上げて遠い目をしている。


 いつも走矢のメイドとして、優しく美しく気遣いのできるお淑やかな女性だな、と思っていたが、彼女もあのニューライトブルーシティーの住人。


 そして――。


「……うわー、来ちゃったよ」


 壊れた天井から覗く巨大な影の対応をどうするのか、青山は頭を悩ませるのであった。

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