第28話 そして今に至る

 驚いて振り向いた先には、フォールダウンのリーダー、スコット・リッチャーが立っていた。

「リーダー?」

「よっ、お疲れさんリカード」

 いつものように飄々とした気さくな挨拶をしてくるスコットだが、今日はどうやら少し違うようだ。

「珍しいですね。リーダーがその姿で現れるのは」

 普段はアロハシャツの半ズボンの出で立ちで、島の奥にある自分のオフィスで仕事をしているはずのスコットが、黒のスーツに青のカッターシャツ、真っ赤なネクタイの装いで現れた。   

 それは彼が事務的な仕事ではなく、相手の命を奪う暗殺者としての仕事の時の姿だ。

「そうだな。これに袖を通したのは半年ぶりだ。つまり、俺が出なければならない相手がいると言うことだ。分かるか、リカードよ」

 スコットの体から黒いオーラが立ち上っていく。

 突然のスコットの行動が分からず戸惑うが、一つだけ覆ることのない真実がある。

 それは――スコット・リッチャーのターゲットがリカードであることだった。

「これはどういうことですか、リーダー。もしかして、先ほど私を部外者と言いましたが、その事と関係が?」

「頭の回転が速い。そういうところは好きだぜ、リカード。とりあえず、お前が置かれている状況を話さなければならない……場所を変えるぞ」

 スコットが右腕を上げ開いていた手を握った瞬間、彼の周囲に闇の空間が二人を飲み込む。

 数秒後、闇が晴れていくとそこは、辺り一面広大な海しか見えなかった。

「ここは?」

「近くの人工島が戯れに造った釣り場だ。ここでなら、ゆっくりと話ができるだろう」

 スコット・リッチャーの持つ空間を操る力で島と釣り場を移動したようだ。

 この力で暗殺対象の顔や心臓部分に、直接攻撃を仕掛けるやり方で数多くの依頼を遂行してきた。

 まったく恐ろしい男だ。

 あのカルロス・ゾードと並んで絶対に敵に回したくない。

 リカードが感心と恐れを抱いている隣で、スコットは空間から釣り竿とイスを二つ、そして餌を入れたバケツを出した。

「今日の夕飯にでもと思ってな。まぁ、協力してくれや」

「……はい」

 リカードは用意されたイスに座り、針に生き餌をつけて竿を握り、思いっきり振りかぶる。餌は綺麗な弧を描いて青い海へと消えていった。

「……リカード、まずはお前に謝罪をしなければならない。すまなかった。あの暗殺依頼にまさかTWGが護衛についていたとは思わなかった」

「どうして確認できなかったんですか?」

「おそらくだが、何かの能力で姿形を変えていたのだろう。その能力を解くまで我々が分からなかったことを考えると、SランクのDIFだとみている」

「我々?」

「ああ。今回はフォールダウンの他に二つの組織が、それぞれ別の暗殺依頼を受けていたんだが――」

「全員失敗した……と」

「ああ。デーモンナイト所属のカイル・ウエストショアが失敗したと聞いた時は、特に感想はなかったな」

「あの人は真っ向からの真剣勝負しかしないから」

 任務で何度か一緒になったことのあるカイル・ウエストショア。彼の戦闘スタイルは帯刀した刀で斬り合いを好む武人だ。戦闘力も高く、刀で鉄を斬り、建物を真っ二つにし、斬撃を飛ばしたりと、非の打ち所がないぐらい完成されている。

 だが、彼には一つだけ弱点があった。

 それは斬り合いを求めるがあまり、暗殺対象の前に現れてから

 暗殺と言ってもやり方はそれこそ星の数ほどあると言っていいだろう。

 音もなく近づき殺したり、飲み物に毒を入れたり、リカードのように能力で溶かすなど。

 その中でもカイル・ウエストショアは、帯刀した刀での暗殺対象の前に現れて、相手の戦闘準備が終わってから斬り合うのだ。そのため、複数の護衛がいた場合は、一人と戦っている間に逃げられてしまい、暗殺任務が失敗ということが結構あった。

 そのため暗殺としての評価はあまり良くなく、風の便りではデーモンナイトのリーダーは頭を抱えているとか。

「だが、カイル・ウエストショアが任務を失敗した数分後にサイレントまでもが失敗したとなると、状況は変わってくる」

「あの現場にサイレントまでいたんですか?」

 コードネーム:サイレント。性別が女性で音と闇の精霊と契約している精霊型のDIFとしか分かっていない謎の人物である。

 サイレントと名前通り、彼女は能力で周囲の音を消して近づき、敵の視界を闇で奪い錯乱しているところをナイフで刈る方法で、名のある要人たちを暗殺してきた凄腕の暗殺者。その成功率はリカードよりも上で、彼女の所属する組織では次期エースとまで言われている逸材だ。

 そんな彼女が任務に失敗したとなれば、イレギュラーが発生していると考えるのは至極当然の判断だ。

 そしてそのイレギュラーこそ――。

「二つの組織から連絡を受けた俺は、なぜ任務が失敗したのかその理由を知り愕然とした。まさか護衛に、TWG第四席のカルロス・ゾードがいるとは思うはずがなかったからだ。そして話を聞くと、二人とも印をつけられていたことが分かった」

「印? 何ですか、それは?」

「カルロス・ゾードの能力で、死神を見た者に刻まれる呪いだ」

「死神?」

「カルロス・ゾードの背後に出てきたガイコツらしいな。で、呪いは周囲の生物に何らかの悪影響を及ぼす。そして、印をつけられた者は印を通じて常にカルロス・ゾードに監視させられるのだ」

「……本当ですか?」

「事実だ。だが、呪いの効果までは分からない。全部能力を暴いてやりたいが、残念ながら俺たち三人のリーダーの力を合わせても、DIF図鑑でカルロス・ゾードの全てを閲覧できなかったからな」

 DIF図鑑はAランク以下のDIFが同ランクを閲覧しようとすれば全て閲覧可能であるが、SランクのDIFを閲覧しようとすると、検索したDIFとの強さの基準によって情報の開示が変化していく。つまり検索したDIFの強さの距離が近ければそれだけ情報得て、遠すぎれば情報の一部又は完全に秘匿されて表示されてしまう。

 スコットがどういう意味で『全てを閲覧できるわけではない』と言ったのか定かではないが、少なくとも全て見られないということは、世界最高の集団であり暗殺ナンバーワンのカルロス・ゾードと、スコット・リッチャーとでは強さの差があり過ぎるということなのだ。

「これだけ説明すれば、俺がお前を組織から除名した理由は分かっただろう。組織の長として周囲に悪影響を及ぼす力とカルロス・ゾードに監視させられていることは、仲間たちを危険に晒す事で看過できることではないからな。悪く思わないでくれ」

 そう口にしたスコットの横顔はとても悔しそうだった。

 リカードはそれが嬉しかった。

 組織の仲間を守るために、苦渋の決断でリカードを追放したことが分かったからだ。

「いえ、納得しました。私でも、リーダーと同じ決断をしたでしょうから」

「そうか」

 それ以降二人は口を開かず、波に揺れる浮きを眺める。

その間リカードはフォールダウンでの思い出にふけっていた。

 初めて任務を達成した時の高揚感、そして任務に失敗した時の悔しさ。そんな時、慰めてくれた仲間と飲み明かした日々。

 どれもリカードにとっては大切なメモリーだ。

 だがいつまでも思い出に浸っている場合ではない。

 すでに組織を離れた以上、リカードは職を失っているのだ。

 こんなところでのんびりと釣りをしている暇はない

 リカードは釣竿を置いて立ち上がり、スコットへ向けて頭を下げる。

「リーダー、お世話になりました。私はこれで――」

「なぁ、リカード。お前、その呪いを解くためだったら命かけれるか」

 この人はこのタイミングで何を言っているんだ。

 そんなもの、決まっている。

「もちろんですよ。すでにカルロス・ゾードに命を握られているんです。死んでいるも同然ですよ。でも、その呪縛から逃れられるのなら、握られている命でカルロス・ゾードに一泡吹かせてやりますよ」

 リカードは満面の笑みを見せる。

 自分には失う物なんて何もないのだから。

「よし、分かった。もしかしたら、俺からお前に与える最後の任務かもしれない。そして、それがお前の呪いを解いてくれるかもしれない。だがその分危険度はMAXだ。心してかかってくれ」

「はい」

「その任務とは――」

 その話を聞いた時、その依頼人は頭がいかれていると思った。

 それは世界に対して宣戦布告をしているようなものだったからだ。

 依頼を受けて数日後、依頼人と対面することになったリカードは、そこでサイレントとカイルに出会った。話してみると、あの二人も似たような感じでこの依頼をリーダーから受け取ったようだ。ただ、カイルは組織の依頼で来たらしい。

 あの依頼を聞いて、厄介なお荷物を放出しないで未だ組織に所属させているのはなぜだろうか。

 ――まぁ、関係のないことだ。

 話し合いの結果、リカードはサイレントと組んで、邪魔なニューライトブルーシティー市長、青山龍太郎の暗殺の役割を担った。

 正直、サイレントと組んでもかなり厳しい任務だが、この呪いを消すには青山龍太郎には死んでもらう。

 例えそれが、世界の損失になろうとも――。

 そして――

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