第26話 剛刃力

 酸人形から余裕のある声が届く。

『殺します。たとえあなたが、“王”の称号を持つ者であったとしても……ね!』

 会話が終了すると同時に、一体の酸人形が姿勢を低くしたままこちらへ走ってくる。

『ブシュウーー』

 酸人形が車両の廊下と座席に触れるたび、酸でカーペットやアームレストが溶ける音が耳に届く。あれに触れたら終わりだ。

「ごめんね、と先に謝っておくよ、片倉君」

「えっ⁉ 市長⁉」

 青山は亜里沙の腰を掴んで引き寄せてから、後ろへ下がり距離をあける。

『無駄ですよ!』

 青山の咄嗟の行動をあざ笑うかのように、一気に距離を詰める酸人形は――。

「うおりゃっ!」

『なっ⁉』

 座席から突然現れた筋肉の腕が酸人形を直撃し上半身を吹き飛ばす。飛び散った酸が辺りに散らばり、座席、通路、窓、天井を溶かしていく。

『何者です!』

「まったく、俺を無視してリーダーを殺ろうだなんて、それは問屋が卸さないってもんだ」

 青山たちが座っていた場所の反対席から立ち上がった、二メートルの巨体と筋肉質な男は、やる気満々の笑顔で青山を守るように前に出た。

「いいタイミングだ。さすが力だな」

『りき……! まさか、サウスリーダー剛刃力ごうばりき⁉』

 青山が口にした男の名前から、リカードは対峙する人物を言い当てた。

「おうよ。サウスエリアを担当している剛刃力だ。よろしくな、リカード・レイン」

「よろしくな! ではありません。どうしてもう少し早く出てこられなかったのですか、剛刃様!」

「あははは。そうカリカリしなさんな。せっかくの美人な顔が台無しですぞ、片倉さん」

 出てくるのが遅いと文句を言う亜里沙を笑顔で返す剛刃力とは、青山が信頼する四人の部下の一人であり、ニューライトブルーシティーが誇る最高戦力の一角である。

『……聞いてませんよ。あなたの護衛に、サウスリーダーがついていることなんて』

 想定外の相手が現れたことで、酸人形越しからでも驚きと苛立ちが鮮明に伝わってくる。

「ニューライトブルーシティーのトップが動くんだ。それなりの護衛をつけるのは当然だと思うのだが……逆に訊きたい。なぜ、他のリーダーたちが動かないと判断したのかな?」

『……やはり噂は当てにならないな』

「噂とは?」

『あなたが知らないはずがないでしょう。『青山龍太郎と四人のリーダーは仲が悪い』という噂は、かなり有名な話なのですから』

「あー、そんな噂もあったね」

 ニューライトブルーシティーの市長になった当初は、自分が信頼をする四人のリーダーを護衛として連れていたのは事実。しかし、青山本人がDIFとして強くなったことと、彼のバックにTWGがついたことで余程のことがない限り狙われなくなった。

今では何でも屋や護衛を専門にしている会社へ依頼をすることが多く、ここ数年は重要な会議だとしてもリーダーたちを護衛として連れたことがなかった。

 そんな日々が続くと、噂というのは勝手に尾ひれがつくもので、

『青山龍太郎と、四人のリーダーは仲が悪い。だから、あの四人を護衛として連れて行かない』という信憑性のない噂が広がってしまったのだ。

 身に覚えのない噂を聞いた青山は、四人のリーダーに噂のことを話したら、全員が大爆笑。

 四人のリーダーが青山の護衛をしていなかったのは、急速に発展する各々が担当するエリアの運営作業が忙しくて護衛どころではなかった、というのが真実だった。

 否定するのは簡単だが、このまま噂を流しておけば、もしかしたら面白い結果になるかもしれない、ということでおいていたら、暗殺者の裏をかけたのだから儲けもんだ。

「それでどうするんだい? まだ私の暗殺を遂行するかね?」

『正直、分は悪いですが、一度引き受けた以上、簡単に下りるわけにはいかないのです!』

「その心意気は良し。かかってきなさい」

 失った上半身を再生させた酸人形は、待機していたもう一体の酸人形と共に力へ襲い掛かった。

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