第25話 狙われる青山
「――い、待て」
「と――、きさ――うわあああああああ」
秘書の亜里沙が用意してくれた幕の内弁当を、のんびりと食べていた青山の耳に届く絶叫。
どうやら、招かれざる客が来たようだ。
「し、市長⁉ ど、どうしましょうか?」
「落ち着いて片倉君。これは予測の範囲内だろう」
焦っている亜里沙とは対照的に、襲撃されることを予測していた青山は動じることなく、残りのご飯を口に放り投げた後、お箸を箸袋に入れて机に置く。
「さてと、一体誰がやってきたのやら」
お茶を飲んでその場から立ち上がった青山は、騒音が消え静寂となった車内ドアを睨みつける。
数秒後、ドアがスライドしたと同時に、黒服の男が青山たちの目の前まで飛ばされる。
「ま、前田! 大丈夫ですか……これは⁉」
亜里沙が飛ばされたボディーガードの前田の具合を確認して驚く。
前田の右肩、左腕、お腹、そして顔には、何かで溶かされた形跡があり、今もなお服を溶かす音と煙が立ち上っている。
「市長!」
「ああ。情報通りだね。ってことは……」
入り口から入ってきた侵入者へ視線を向ける。
「コードネーム、アシッド。名はリカード・レイン」
『ほう。私の名前を知っているとは光栄だ』
列車の床を溶かしながら現れた“そいつ”は、人ではなかった。
透き通った水が人の形をとっている。見た目は幻想的な姿だが、実際は強烈な酸の集合体。
酸の精霊型、暗殺者リカード・レインが得意とする酸人形が二体。
DIF図鑑によると、遠隔操作したこの酸人形を操って暗殺対象へと襲い掛かっているようだ。これの厄介なところは、全身が酸である以上攻撃しても意味がない。むしろ、水しぶきが散ってしまい逆に攻撃側がダメージを受けてしまう点である。
さらに遠隔操作で行うため、未だに本人の声以外は分かっていない謎の多いDIFである。
「要人を殺すことに特化した君を知らない方がおかしいだろう」
リカードの手で殺された要人の数は、現在六十三人まで上っている。
そのやり方は、暗殺対象が必ず室内にいる時を狙って暗殺するというもの。
ならばやり方が分かっているのに、なぜ暗殺を成功させてしまったのか。
その理由はリカードの使う酸人形の侵入経路を防ぐことができないからだ。彼の酸人形は人型となった時に酸となる性質を持ち、それ以外の時はただの水なのだ。これを利用し、水道管や排水管から侵入することで簡単に暗殺対象の部屋へ侵入。
後は酸人形で襲えばミッションコンプリートとなる。
反対に護衛側からすれば室内に侵入されてしまうと、動きが制限される部屋の中で、要人を護衛しながら酸人形と必然的に近距離で戦うことを余儀なくされる。
護衛の者にとってはもっとも厄介な相手といえるだろう。
『世界にとっては痛手でしょうが、それも覚悟の上。その命をもらいます』
「ほう。フォールダウンも思い切ったことをするね」
授かった力を人のために使う者もいれば、その力を悪用する者もいる。
世間から疎まれ、生きる場所がなくなった者たちが、集まった集団を闇組織と称している。
闇組織といっても様々で密輸、人身売買といった違法行為から、国家転覆やテロリズムなどを行う非道で過激な組織もある。それこそ、把握できていないだけで、色んな危険な組織が存在し暗躍している。
当然、国際社会もただ黙ってみているわけでなく、二か月前に違法精霊石に手を染めた組織が、竜王によって潰されたことからも分かるように、世界各国が協力をして組織を潰そうと頑張ってはいるが、いたちごっこの状態となっているのが現状である。
たくさんある闇組織の中で、厄介とされているのが暗殺者集団である。十五の組織がありそれぞれの組織になまじ強力なDIFが揃っているせいで、何人の要人が彼らの手で亡き者にされたか。
その中で今、もっとも勢いのある暗殺組織というのがフォールダウン。
リカード・レインが所属する組織で、メンバー個々で名を上げているDIFばかりで、超危険人物として結構な人数の指名手配犯がいる面倒な組織。
だからこそ、分からない。
自分で言うのもなんだが、せっかくフォールダウンの名が有名になったのに、ハイリスクを犯してまで自分の命を狙うものかね。
『私はすでに組織と袂を分かった。フォールダウンは関係ない』
「なるほど……だが、それを判断するのは私でないよ」
『分かっています……私を裁くのはTWG。あなたの命を奪うというのは、それだけリスクがあることも知っています』
「知っていながら、挑むというのかね」
『もちろんです。あなたはこれまで私が殺した要人とは違います。ですが、こちらも引くことはできません。あなたの命、ここで奪わせていただきます』
空気が変わる。
酸人形から立ち上る淡い水色のオーラで、彼が契約している精霊の妖艶な顔が浮かび上がっている。
ここまではっきりとオーラで契約精霊を具現化できているのは、彼の強さを物語っている証拠である。
さすがはAランクだ。
「君にできるかな? この私を殺すことが?」
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