第23話 動き出す状況
「川本みなとが生きているということは、千両寺冬也と警察を欺いたことになる。つまり必然的に川本みなとはDIF……と考えてもいいんだな」
「それは間違いないだろう。能力に関しては――」
正直分からない。
確か警察が焼死体を川本みなとだと断定したのは、彼のDNAを調べ一致したからこそだ。しかし、実際に彼は生きているのだから、現在のDNA技術をもってしても偽装できる能力がある――と思われる。
そこから導き出される似通った能力といえば。
「一番可能性があるのは精霊型だな。闇の精霊と契約をすれば、ドッペルゲンガーを使用できたはずだ」
「だが、あれはダメージを受けるとドッペルゲンガーの能力は解除されるはずだ」
「そうなんだよね」
何度か闇の精霊と契約しているDIFと仕事をしたことがあって、その時にドッペルゲンガーについて教えてもらったことがある。
ドッペルゲンガー長所としては視覚や聴覚を通じて、DIF本人と共有することができるため、偵察に重宝される。だが、ある程度のダメージを受けると、形が崩れたりドッペルゲンガー自体が消えてしまうため、戦闘面では役に立たないと言っていた。
つまり川本みなとの焼死体はドッペルゲンガーではありえないのだが、それ以外思いつかないのも事実である。
それか走矢の知らない何か別の能力があるのか。
「はいはい、そこまでよ。ここで議論しても答えはでないでしょう。ももちゃんのお父さんに直接訊けばいいでしょう。今は、二つ目のUSBメモリの場所へ行くことが先決でしょう」
「それもそうだな」
「ごもっともな意見です」
走矢と水上は納得して引き下がる。
そもそも秘密主義の青山がいけないのだ。
次会ったら、大事な情報は直接言うように訴えてやる。
「ちなみにその場所は?」
「
「ん? どうやら、招かれざる客が来てしまったようだ」
水上の鋭い視線の先には、明らかにこちらを敵視している風貌の悪い輩がぞろぞろと、近づいてくる。
「何か用か?」
水上が怒気を込めて尋ねる。
「難しいことは言わねぇ。俺らに殺されたくなければ、その女とUSBメモリを今すぐ渡せ」
スーツ姿だが、両手には指輪やブレスレット、胸元にはネクタイの代わりに目がチカチカするほど眩しい、金のネックレスをつけたリーダー格の男が意気揚々と脅してくる。
USBメモリの存在を知っているということは、千両寺冬也の手の者か。
「あー、ないない。私たちからも忠告だ。今から十秒だけ時間を与えてあげる。死にたくなかったら、回れ右をして去りなさい」
ここで相手をしてもいいが、人間相手は正直面倒くさいので忠告をしてみる。
これで引いてくれれば、こちらとしてはありがたいのだが――。
「はっ、ニューライトブルーシティーの住人が傲慢だな。なら、さっさと死ね」
その瞬間、男の両手につけていた指輪の石が淡い光を放ち始めた。
「あれは……精霊石の光?」
「ほう。つまりあれは、密輸された精霊石か。水上!」
「分かっている」
水上は四人の前に飛び出すと同時に、リーダー格の男が拳を突き出すと、指輪から溢れ出した炎、風、光、雷のエネルギーが螺旋を描いて飛んできた。
普段見慣れた精霊石の力が極限に高められている。
こんなものを向けられたら、人間など簡単に亡き者にしてしまうだろう。
だが――。
「効かんな」
その言葉通り、四種類の攻撃は水上の手前で弾かれて消えた。
まるで彼の周りに見えない壁があり、その壁に当たったかのようだった。
「そんなバカな! お前らもやれ!」
リーダー格の男に言われ、お供たちも指輪から力を引き出して攻撃を仕掛けるものの、全て水上の前まで辿り着くことはなかった。
「どうなっているのですか?」
(なるほど。あいつの周りに結界があるわ。だから、全て弾かれているのね)
トネールが冷静に分析をする。
「その通り。あれの名前は『ソウルウォール』。容量以下の攻撃を軽減するバリアが『エレメントフィールド』だとすれば、こちらは容量以下の攻撃を完全に無効化できるバリアだ。魂・変化型のDIFが持つ強力な防御手段。ただし、防げる容量を超えてしまうと、バリアはガラスのように砕けてしまい、攻撃全部が届いてしまうデメリットもあるけどね」
この『ソウルウォール』の容量も、『エレメントフィールド』と同じで、心を通わせていくことで増えていくんだが、幻生界の住人は癖の強い者ばかりで、通わせることはほぼ皆無と言ってもいい。
そんな中で水上の貸与している幻生界の住人は、比較的温和な性格で彼に協力的であるため、『ソウルウォール』の容量もかなり高い。精霊石程度の力では、到底破壊できるものではない。
あの程度の人数ならば、水上が立っているだけで勝てる。
「ちょっと、走矢。今度はあっちから変な集団が来てるんですけど」
水上たちが戦っている反対側から、ぞろぞろと集まり出してくる。
二人、四人、八人、十六人、まだまだ増える。
「おいおい、これだけの数、一体どこから湧いてくるんだ?」
(ご主人様。彼らは駐車場から現れています)
走矢の疑問をラディが答えてくる。
「駐車場からって…………まさか」
思わず視線がももへ移動していくと、彼女も同じ考えに至っていたのか、口を大きく開いて驚く。
「あの、駐車場の車全部から……ということはないですよね」
「ハハハ、そんなバカなこと……ないよね」
満車だった駐車場を見たももの『昼食を取りに来たサラリーマンが、この駐車場に止めたんだと思います』という説明が頭の中で浮かぶ。
もし、四十台の車全部の所有者が敵なのだと考えると、最低でも四十人は確定で現れる。
こんな広い場所で二人を守りながら戦うとなると、それ相応の被害が出る。
ここがニューライトブルーシティーならば、DIFが戦闘することも容認されているし、建造物が破壊されても日常茶飯事だから保証もされている。
しかしここは東京であり、周りには高いビルがいくつもあり、そこには人間が働いている。
彼らの命、生活基盤をむやみに破壊することはできない。
「このままではこの公園を壊しかねない。七海! 車を回してこい! 今から目的地へ乗り――!」
走矢の思考が一瞬停止した。
背筋から急に嫌な気配を感じ取った走矢が背後を振り向くと、一体いつからそこにいたのだろうか。黄色い鳥がノートパソコンを凝視している。しかも起用に足を使いながら、スクロールしながら画面の内容を読んでいる。
「あれは――」
(私が倒した鳥です)
ももを守りながら謎の男を吹き飛ばした直後にラディが見つけた謎の鳥。まるで監視しているかのように、上空を旋回していたので、ラディに伝えて排除してもらった経緯があった。
実は千両寺冬也の能力を知った時、真っ先に頭に浮かんだのがあの鳥の事。あれは彼の能力の一部ではないかと思い至り、周りをそれとなく警戒をしていたのだが、走矢の懸念は正解だったようだ。
「まずい! ラディ!」
その名前を呼ぶと、ラディが素早く一筋のビームを放ち、真っ直ぐ鳥の首を切り落とす。
切られた鳥はバチバチと空気を弾きながらその場から消えた。
「やられた」
「走矢、どうしたの?」
「敵に二つ目のUSBメモリの存在と場所がばれた」
「嘘でしょう」
七海が驚いているのを余所に、ぞろぞろと増えていた邪魔者がここに来て一度止まったかと思うと、十人を残してみんな反転して走っていく。
そして彼らの肩には、先ほどやっつけた黄色い鳥の姿があった。
やはりあれは千両寺冬也の能力で間違いない。
「やつら早速移動してようとしてやがる。七海、車はどこへ?
「近くのコインパーキングよ」
「なら、ももちゃんを連れてすぐに車を持ってきてくれ」
「分かったわ」
「七海さん、お願いします」
「トネールはももちゃんを、ラディは七海を守れ。いいな!」
(任せなさい)
(かしこまりました、ご主人様)
ノートパソコンをカバンにしまい、七海はももを連れて公園から出ていく。
トネールとラディがいれば、あの二人は大丈夫。
地上でも最速の攻撃スピードを持つ雷と光なんだからな。
「というわけだ。さっさと終わらせてくれ、水上!」
「任せろ! そっちもうまくやれよ」
「ああ。一撃で終わらせる」
水上はそう言うと、すぐに力を開放する。
水上の体からオレンジ色のオーラが溢れると共に、影の中から天に昇る龍のように蛇行しながら出てきた、細長く樹木のように太い触手は大きく横へ振る。
推定三メートルはある巨大な触手を、ただの人間が避けることなどできるはずもなく、全員が触手によって吹き飛ばされ、近くのビルへ弾丸のように突き刺さっていった。
あれではおそらく生きている者はいないだろう。
「な、何だよ! あれは!」
水上の力を目の当たりにした反対側の十人は狼狽え始める。
「お前たち、気を取られ過ぎじゃないか!」
右手に緑色の風を幾重にも纏わせたその腕は、風という表現では収まらずまさに暴風と呼ぶのがふさわしい。それを大きく振りかぶった走矢も、水上と同じように横へ大きく振るった。
「
十人の人間は暴風によって、あっという間に吹き飛ばされ、豆粒のように小さくなり空を割いていく。果たして、彼らが最後に見たのは天国か――はたまた地獄か。
「業風ね。地獄で吹く暴風の名前の通りだな」
「そんなことはいい。早く七海たちに合流するぞ」
「だな」
水上は力を解除すると、影から出てきた触手も影の中へ戻って消えた。
水上が持つ魂型の能力、幻生界の海底に生息している、深海生物シャドウオクパスの触手だった。
触手の先端は鋭く尖りドリルのような形をしている。先端が四方に開くことができ、中にはむき出しとなった黄色の球体がある。これは体内で生産した光を発光させ、それに集まった得物を、四方に開いた先端で捕まえて食べている。
今回は出さなかったが、この球体からは強烈なビームを放つ武器としての役割もある。
走矢も以前何度か戦ったことがあるが、シャドウオクパスのビームを避けるのに苦労した思い出がある。
敵に回ったら厄介だが、味方だと頼もしい力だ。
二人が公園から出た直後、二人の前で車が急ストップする。
「二人とも乗って!」
コインパーキングから車を持ってきた七海と合流。
二人が車へ乗り込む。
「それで、どうやって進むの。普通に行ってたら間に合わないかもしれないわよ」
「そんなの決まっている。道がなければ、創ればいいんだよ」
走矢は後部座席の窓を開け、右腕を出して正面に向かって叫ぶ。
「風の
すると、車の正面に緑色の風で創られた急こう配の坂道が現れる。
「行くわよ!」
七海は迷うことなく、走矢の創った緑色の道へ突き進む。
上り坂を駆け上がり、ビルとビルの間を綺麗な弧が描きながら走り抜ける。
まさにこの車専用の高速道路であった。
「ここなら、誰にも邪魔をされることはない。いくらでもスピードを出してくれ」
「ス、スピード」
隣で水上が顔を真っ青にさせる。
そういえば、七海の無茶な運転を味わったばかりだった。
「水上、七海の運転が嫌なのは分かるが諦めてくれ」
水上は頬を叩いて気合を入れる。
「……分かっている」
「さて、何事も起きなければいいんだけど……」
(ご主人様)
「そうはいかないよね」
ラディエンスの声で後方へ視線を移動させれば、空には数えきれない黄色い鳥の大群が車を追跡している。
「無茶な運転の事を考える暇がなくて、俺は嬉しいがな」
車の影を利用して、再びシャドウオクパスの触手を四本召喚。先端だけを影から出し、四方に開いて黄色の球体を鳥へ向けて――。
「発射!」
水上の掛け声と共に四つのビームを撃った。
「援護する。ラディ!」
光速で鳥の上空へ移動したラディは、そこからいくつものビームが照射。天から降り注ぐ光の雨が次々と鳥を消していく。
しかし――あまりにも数が多すぎて、減っているのか分からない。
「多すぎるな」
(私も手伝うわ)
「トネール⁉」
どうやら、トネールも黄色い鳥を撃ち落とす手伝いをしてくれるようだ。
「頼む」
(任せなさい)
トネールはボンネットの上に陣取ると、威力のある紫の雷を接近する黄色い鳥へ放ち、次々と落としていく。
「よし、これなら、スピードを落とすことなく、目的地に着けるはずだ。みんな、頑張ってくれ」
「もちろんよ。走矢も風の
「まったくだな。お前が切らしたら、俺たちは終わりだからな。むしろ、お前が頑張れ」
(ご主人様、ファイトです)
(頑張りなさいよ)
「お、おう。頑張るよ」
激励したつもりが逆にされて、何とも微妙な感じとなった走矢の思いとは裏腹に、車は妨害を受けながら、目的地である旧長屋道製鉄所へ向かうのだった。
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