第21話 目的
「こんな感じか。それにしても……こりゃあ、たまげたな」
ここまで大事になっているとは思わなかった。
記事を読む限り、すでにTWGから通達があった後も、違法な精霊石を密輸していたようだからバレない自信があったのか、それは分からない。
ただ、千両寺冬也一人の行いで、ニューライトブルーシティー全体が危険にさらされているのは事実。
TWGの命令を無視して密輸した行為は万死に値する。最早、千両寺冬也の人生は完全に詰んでいるのだが――自分の命を捨ててまでこんな密輸に手を染めた目的は何なのか。
それが見えてこない。
「……一体、千両寺冬也の目的は何よ」
端正な顔の額に皺を寄せながら、表示されている記事を凝視している。
おそらく、記事には書いていないような気がするのだが――。
「もしかしたら、ニューライトブルーシティーそのものを潰すのが目的、かもな」
冗談交じりで水上が呟く。
「潰すって、そんなことできるわけ――」
「いや、案外そうかもしれないな」
「嘘でしょう」
冗談交じりに呟いた意見を、まさか走矢が肯定するとは思っていなかったようで、七海は目を大きく開けて狼狽え、水上は驚きのあまり小さく「マジか」と呟く。
「もちろん理由はある。まず、血染めの紅葉事件だが、あれは暴走が原因だと言ったな」
「ええ」
「ももちゃん以外は知っていると思うが、三つの型で暴走する危険性が高いのが、魂・変化型でな。その理由ってのが、幻生界の住人が貸与した人間を暴走させるんだよ。方法としてもっとも多いやり方は、貸与した人間に過大なストレスを浴びせて疑心暗鬼にさせた状態を作る。これは感情の高まりが思いもよらない力を発揮させることがあるのを知っているからだ。そしてそれが、怒りや憎しみみたいな負の感情ならば特にね」
(オスカーイルが好みそうなものね)
トネールは苦々しい面持ちで吐き捨てるように言う。契約した人間と一緒に寄り添う精霊とは違い、貸与した人間を娯楽としか考えていない幻生界の住人とは、対極であり決して相容れぬものなのだろう。
「今のトネールの発言から考えると、千両寺冬也のパートナーのオスカーイルは、人の不幸は蜜の味、なんて言うが人間が苦しみ抜いた先に待つ死が見たいだけの腐った野郎と仮定すると、彼がニューライトブルーシティーで暴走したことは偶然じゃないはずだ」
「ニューライトブルーシティーに来る前の段階でかなりの負の感情を抱いていた、ということね」
「そうだ。で、これは私の予想だが、千両寺冬也はDIFになりたくなかったのではないだろうか」
「おいおい、それは無理があるぞ時田。このご時世、DIFになりたくてもなれない人間が、人工島に押し寄せているのを知っているだろう。DIFが増え人間が淘汰されているこの時代に、DIFになりたくないなんて思うか?」
水上の意見は至極当然だ。
DIFのために造られた人工島も、今では多くの若者がDIFになることを望んでやってくる。
映像から流れるDIFの能力の数々は、アニメ、ゲーム、漫画、特撮のキャラクターが使っていた力そのもの。誰しもが一度は夢描き真似をしたその能力が使える、こんな甘美な誘惑を振り払う者などいるわけがない。
特に世界が混沌としたこの十年で、人間のままでは未来が見えないと実感した若者にとっては、DIFという存在は新しい就職先という感じなのだろう。
だからこそ、親たちもDIFになることを止める人は少なく、むしろDIFになって欲しいと考える親もいるほどで、積極的にDIFになる確率の高い人工島へ送ってくるのだ。
そのおかげで、人工島では急ピッチで集合住宅を建築しているのである。
しかし、この新しい風を忌み嫌う者も一定いるのも事実。
古い物ばかりを至高とするばかりで、新しい物を認めずすぐ非難する頭の固い老人たち。
そういった者の元で生活したらどうなるか――答えは分かり切っている。
「インタビューで千両寺冬也は、『厳格な祖父と父の元で指導を受けて、貿易や経営のノウハウを勉強した。その知識を生かした成果が出ただけ。彼らにはとても感謝している』とね。これっておかしくないか?」
「おかしい?」
「指導を受けたということは少なくとも、後々千両寺冬也へ引き継がせる目的があったはずだ。なのに彼はニューライトブルーシティーで新しい会社を興している。これが意味することは――」
走矢の視線が七海を捉える。
「家族から勘当されてしまった。なぜ、そうなったのか」
今度は七海の視線が水上に止まる。
「その理由はDIFになってしまったから」
「ああ。厳格な人間っていうのは、猪突猛進みたいな奴ばかりで、視野が極端に狭く自分の知らない物を忌み嫌う。一族経営となれば特にな。約束された人生のレールを走っていた男が、ある日突然DIFとなった。果たして家族はどんな言葉を送ったのかね……まぁ、血染めの紅葉事件を起こしたことを考えれば、大体想像はつくが」
罵詈雑言の嵐を家族や親せきから言われたのだろう。
そして千両寺冬也に味方をする者はおらず、全ての目標を奪われた彼の矛先は、ニューライトブルーシティーに向けられた感じかな。
となると、あいつの行動が分からない。
「――解せんな」
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