第12話 青山龍太郎

 忙しなくキーボードを叩く音が、電話のメロディーによって止まる。


 腕時計を確認。


 来たな。


 流石走矢だ。仕事が早い。


 そう思って画面を覗くと、そこには走矢の名前ではなく、知らない番号が表示されている。


「……もしもし?」


『あ、青山? 走矢だ』


 やはり走矢だった。


 だが、なぜ。


「走矢? お前、自分のスマホはどうした?」


『あー、戦闘で壊れてな。ももちゃんのスマホで電話しているんだ』


 ほう。


 戦闘でスマホが壊れるくらい激しかったのか。


「なるほど。状況は理解した。川本ももさんのスマホを使用しているということは、無事に彼女と合流できたと考えていいんだな」


『そうだ。で、ももちゃんがお父さんから託されたという、USBも確保できた』


「さすが走矢。仕事が早くて助かる。これで、私も安心できるというものだ」


 走矢の報告に満足した龍太郎は背もたれに体重を預け胸を撫で下ろす。


 龍太郎が知る中で、もっとも信頼のおける人物を派遣し、無事に合流したのならば、彼女とUSBメモリの安全は保障されたと言ってもいいだろう。


『ただ、予想外な事態が起こってしまった』


「予想外な事態?」


『実は、ももちゃんが雷の精霊と契約してね。魂型のオオカミ男を倒す時に、強い威力の雷をぶっ放した影響で、スマホがお釈迦になってしまったんだ』


「そうか。川本の娘が精霊型のDIFにね……」


 あの『真夏の契約』事件以降、全ての人間はDIFとなる権利が平等に与えられている。


 だから、川本の娘がDIFとなったこと自体は少々驚いた程度――まて、雷の影響でスマホが壊れたのなら、USBメモリは無事なのか。


『ちなみにUSBメモリは無事だ。ニューライトブルーシティー製、絶縁体の小箱に入れられていたからね。ほんと、がいいよね』


「ああ。さすがだな。それで、契約した精霊の階級は?」


『上級精霊でトネールって名前持ちだ。一応ラディにも確認を取ったから間違いないらしい……ははは、隣でもももちゃんが驚いているよ』


「上級精霊だって⁉ それはまた……」


 走矢の精霊ラディが言うのならば、トネールという雷の精霊は上級精霊なのだろうが――これを運だけで片付けていいものなのか。


 近年、精霊が人間と契約するメカニズムが少しずつ分かってきている。


 まず精霊たちの間には、強さの階級が存在する。


 下から下級、準下級、中級、準中級、上級、準上級、最上級、王、皇帝となる。


 この中で下級から中級までは、興味を持った人間がいれば何も考えずにすぐ契約するようだ。だから、精霊型の数が一番多いが大体が中級までなのだ。


 しかし、準中級からは興味だけでは絶対に契約することはない。彼らには明確な意志があり、精霊が心から認めた時に初めて契約ができるらしい。


 川本ももが契約したのは上級精霊とのことらしいが、おいそれと契約できるレベルではない。


 去年、ニューライトブルーシティーで精霊型として登録されたのが約一万人。その中で上級精霊と契約できたDIFはゼロ。


 受け入れを始めた九年前から遡ればたったの三人。二つ下げた中級を合わせると、九年間で約五千人と跳ね上がる。


 それだけ、初めから上級精霊と契約するのは難しいのだ。


 上級精霊は川本ももに一体何を見たのか。


『彼女の精霊は上級精霊だけあって強さも申し分なく、魂・変化型のDIFを黒焦げにしていたよ。改めて雷の精霊は恐ろしいと思ったね』


 雷と言っても強さによって千差万別。


 下級精霊でも静電気ぐらいならば起こせるし、準下級ならばスタンガン並みの威力を可能だ。もちろん当たり所が悪ければ、相手をショック死させてしまう。


 準下級でそれだけの力を持っているのなら、三つ上の上級精霊が繰り出す雷の威力は走矢の報告で明らかとなった。


 魂・変化型のDIFと言っていたから、多分変化した状態で上位精霊の攻撃で全身黒焦げとなってしまった――と予想した場合、その攻撃が人間に向けられたらどうなるのか、そんなことは想像に難くない。


 間近で契約した精霊の力を目の当たりにした傷心の少女は、どんなことを思ったのだろうか。


 ――――彼女が先走らないよう、少し釘を刺しておこう。


「そっか。DIFになりたてならば、みんなそんな反応をするだろう。しかし、今回の敵と戦うにはちょっと相性が悪すぎるな」


『……どういうことだ?』


「ふむ? まだ雨宮君と合流していないのか?」


『ああ。どうやらニューライトブルーブリッジで渋滞に出くわしてしまったみたいでな』


「そうか。雨宮君と合流すれば分かることなんだが、実は――」


 龍太郎は、相性が悪いと言った理由を、走矢へ告げる。


『……理由は分かった。ったく、そんな大事な情報を今になって伝えてきやがって』


「ごもっともな意見だな。次からは気をつけるようにするよ」


『心にもないことを言うな。内のメイドに言って懲らしめてもらうぞ」


「それだけはやめてください走矢様」


 彼女はいかん。


 走矢の素晴らしきメイド《リーサルウェポン》だけは――。


『とりあえず、今のところ彼女自身の手でけりをつけたいと思っていない感じだから、大丈夫だとは思うけど注視しているようにするわ』


「精霊の方は?」


『……やる気満々だ。敵だと思っても殺さないよう説得をしないと始まらないな……まぁ、どうにかしてみるから心配するな。ところで、お前今どこ? 何か騒がしいんだが?』


 そう尋ねられた龍太郎は、自分の席から立ち上がり、部屋を出てから数歩進んで、スマホを外へ向けた。


【間もなく、ニューライトブルー号東京行き、発進します】 


「ということだ」


『了解だ。となると、そっから東京までは片道十五分。この渋滞の中を通っていると、一時間もあれば合流できるか?』


「ああ。何事もなければな」


『まるで何か起きるような言い方だが……』


「どうだろうな」


『そうかよ。ならこの話はもうおしまいだ。これから私たちは、コンビニで昼食を買ってから、近くのオアシス公園で食べる予定だ。七海にも連絡しといてくれ』


「分かった。雨宮君には、オアシス公園へ行くよう伝えておくよ」


『よろしく』


 そして、走矢との通話を終えたのと同時に、列車の自動ドアが閉まり、ゆっくりと動き始める。


「それにしても、彼女が精霊型でよかった」


 精霊は好奇心旺盛で、契約した人間を色々と困らせることはあるけど、基本は契約した人間のことが好きで、困った時は一緒に悩み、悲しい時は一緒に泣き、嬉しい時は一緒に笑ったりと、常に人間と寄り添ってくれる家族のような存在である。


 似たような関係を持つのが神世界の住人。彼らは精霊みたいにフレンドリーではないにしろ、優しさと厳しさを与えつつ命の危機に瀕したら、己の力を使って守護してくれる頼もしい存在なのだ。


 このように、精霊と神世界の住人たちは、人間を大切に思い共に歩もうとしてくれいるのだが、奴ら――幻生界の住人は違う。


 精霊のように好奇心旺盛だが、人間に寄り添うことはなく、神世界の住人のように優しさと厳しさは与えるものの、命の危機に瀕したら過剰な力を与えそれに耐えればよし、耐えきれず壊れたら、また新しい人間おもちゃを探せばいい、という外道的な考えが萬栄している世界。


 元々強さこそが正義、弱者など生きる価値なし、という弱肉強食の世界だったが、我々人間たちを発見してから考え方が変わった。


 弱者は戦って死ぬのは嫌だから、力を貸し与えた人間が代理として戦えば、自分たちは傷つかず死ぬことはない。


 自分たちは動くことができないが強い奴と戦いたい、最強を示したいと思う強者。


 そして力を貸し与えた人間が、その力でどう戦い死んでいくのかを、特等席で見ることができるのならこれは最高の娯楽ではないか、と考える性根の腐った下衆たち。


 三者三様の目的が渦巻いているカオスな世界が幻生界だ。


 もちろん奴らと人間との間には信頼関係は皆無。


 自分の力を使っていて不甲斐ない戦いや、敵に敗れた時は容赦なくその人間を殺し、次の人間を探す。所詮、使い捨てカイロと一緒で、使え無くなれば捨てるだけの関係。


 だから契約や加護ではなく、貸与という言葉で表しているのだ。


 対等ではなく、見守る者でもなく 上と下の関係。


 傍から見れば、完全に力という金を貸し与え、無利子だが希望に添えない戦いをすれば対価は命――質の悪いヤクザである。


 それが魂・変化型だ。


 ただしちゃんと例外も存在し、一部の住人は精霊や神世界の住人みたいに、人間に寄り添い守護してくれる者もいる。それを引き当てるのが難しいのだが――。


 そんな無茶苦茶な奴らではなく、精霊型のDIFとなっただけ喜ばしいのだ。


 龍太郎は遠ざかっていく駅を見ながら、雨宮のスマホへ連絡を入れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る