第12話 青山龍太郎

 忙しなくキーボードを叩く音が、電話のメロディーによって止まる。

 番号だけが表示された画面を見た龍太郎は、また変な勧誘ではないか、とやや警戒しなつつキーボードから手を放して、スマホを取る。

「……もしもし?」

『あ、青山? 走矢だ。無事にももちゃんと合流できた。それと、おそらくこれが本命だと思うが、ももちゃんが川本みなとから託されたという、USBメモリも確保できた』

「さすが走矢。仕事が早くて助かる。これで、私も安心できるというものだ」

 勧誘の電話でなかったことにホッと安心をした龍太郎は、走矢の報告に満足した様子で背もたれに体重を預ける。

 龍太郎が知る中で、もっとも信頼のおける人物を派遣し、無事に合流したのならば、彼女とUSBメモリの安全は保障されたと言ってもいいだろう。

『ただ、予想外な事態が起こってしまった』

「予想外な事態? おそらく自分の携帯を使っていない理由というのが一個目なのかな?」

 と疑問を投げかけると、乾いた笑いが返ってきた。

 どうやら、図星のようだ。

『実は、ももちゃんが雷の精霊と契約してね。魂型のオオカミ男を倒す時に、強い威力の雷をぶっ放した影響で、携帯がお釈迦になってしまったんだ』

「……そうか。川本の娘が精霊型のDIFにね」

 あの『真夏の契約』事件以降、全ての人間に平等でDIFとなる権利が与えられている。

 だから、川本の娘がDIFとなったこと自体は、少々驚いた程度。

 精霊との相性がよかったのだろう、と感じたまでだった。

『ちなみに、トネールって名前持ちで自分を上級精霊と言っている。一応ラディにも確認を取ったが間違いないらしい……隣でももちゃんが驚いているよ』

「上級精霊だって⁉ それはまた……運がいいね」

 走矢の精霊ラディが言うのならば、トネールという雷の精霊は上級精霊なのだろう。

 精霊たちの間には、己の強さによっていくつか階級が存在する。

 下から下級、準下級、中級、準中級、上級、準上級、最上級、王、皇帝となる。

 上級精霊とのことから、ちょうど中間あたりの強さではあるが、おいそれと契約できるレベルではない。

 去年、ニューライトブルーシティーで精霊型として登録されたのが約一万人。その中で上級精霊と契約できたDIFはゼロ。

 受け入れを始めた九年前から遡ればたったの三人。二つ下げた中級を合わせると、九年間で約五千人と跳ね上がる。

 それだけ、初めから上級精霊と契約するのは難しいのだ。

 そう考えると、やはり彼女は運がいいとしか言えない。

『そうだね。強さも申し分なく、魂・変化型のDIFを黒焦げにしていたよ。改めて雷の精霊は恐ろしいと思ったね』

 雷と言っても強さによって千差万別。

 下級精霊でも静電気ぐらいならば起こせるし、中級ならばスタンガン並みの威力を出せ、当たり所が悪ければ、ショック死させることもできる。

 となれば上級精霊となれば、人間を殺めることなど簡単なのでは――と予測できるのは当然だ。そしてそれは正しかったようだ。

 つまり彼女は命を奪える力を得たことになる。

 となれば、次に起こすであろう事態も、簡単に推測することができるのだが――。

「そっか。だけど、今回の敵と戦うにはちょっと相性が悪すぎるな」

『相性が悪い? どういうことだ?』

「? まだ雨宮君と合流していないのか?」

『ああ。どうやらニューライトブルーブリッジで渋滞に出くわしてしまったみたいでな』

「そうか。雨宮君と合流すれば分かることなんだが、実は――」

 龍太郎は、相性が悪いと言った理由を、走矢へ告げる。

『理由は分かった。今のところ、彼女自身の手でけりをつけたいと思っていない感じだから、大丈夫だろう』

「精霊の方は?」

『……やる気満々だな。とりあえず、敵だと思っても殺さないようしてくれるよう、説得をしないと始まらないな……まぁ、どうにかしてみるけど、ってか、お前今どこ?』

 そう尋ねられた龍太郎は、自分の席から立ち上がり、部屋を出てから数歩進んで、スマホを外へ向けた。

【間もなく、ニューライトブルー号東京行き、発進します】 

「ということだ」

『了解だ。となると、そっから東京までは片道十五分。この渋滞の中を通るとして……一時間もあれば合流できるか?』

「ああ」

『よし、あと七海にも連絡だけしといてくれ。ちなみに僕たちは、コンビニで昼食を買ってから、近くのオアシス公園で食べる予定だ』

「分かった。雨宮君には、オアシス公園へ行くよう伝えておくよ」

『ほーい』

 そして、走矢との通話を終えたのと同時に、列車の自動ドアが閉まり、ゆっくりと動き始める。

「それにしても、彼女が精霊型でよかった」

 精霊は好奇心旺盛で、契約した人間を色々と困らせることはあるけど、基本は契約した人間のことが好きで、困った時は一緒に悩み、悲しい時は一緒に泣き、嬉しい時は一緒に笑ったりと、常に人間と寄り添ってくれる家族のような存在である。

 反対に神世界の住人は、精霊みたいにフレンドリーではないにしろ、優しさと厳しさを与えつつ命の危機に瀕したら、己の力を使って守護してくれる頼もしい存在なのだ。

 このように、精霊と神世界の住人たちは、人間を大切に思ってくれているのだが、奴ら――幻生界の住人は違う。

 精霊のように好奇心旺盛だが、人間に寄り添うことはなく、神世界の住人のように優しさと厳しさは与えるものの、命の危機に瀕したら過剰な力を与えそれに耐えればよし、耐えきれず壊れたら、また新しい人間(おもちゃ)を探せばいい、という外道的な考えが萬栄している世界。

 元々強さこそが正義、弱者など生きる価値なし、という弱肉強食の世界だったが、我々人間たちを発見して考え方が変わる。戦って死ぬのは嫌だから、力を貸し与えた人間が代理として戦えば、自分たちは傷つかず死ぬことはない。

 そして力を貸し与えた人間が、その力でどう戦い死んでいくのかを、特等席で見ることができるのなら、これは最高の娯楽ではないか、ということで幻生界では絶賛流行中である。

 もちろん奴らと人間との間には信頼関係は皆無。

 自分の力を使っていて不甲斐ない戦いや、敵に敗れた時は容赦なくその人間を殺し、次の人間を探す。所詮、使い捨てカイロと一緒で、使え無くなれば捨てるだけの関係。

 だから契約や付加ではなく、貸与という言葉で表しているのだ。

 対等ではなく、見守る者でもない。

 上と下の関係。

 傍から見れば、完全に力という金を貸し与え、無利子だが希望に添えない戦いをすれば対価は命――質の悪いヤクザである。

 それが魂・変化型だ。

 ただしちゃんと例外も存在し、一部の住人は精霊や神世界の住人みたいに、人間に寄り添い守護してくれる者もいる。それを引き当てるのが難しいのだが――。

 そんな無茶苦茶な奴らではなく、精霊型のDIFとなっただけ喜ばしいのだ。

 龍太郎は遠ざかっていく駅を見ながら、雨宮のスマホへ連絡を入れるのだった。

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