第11話 元凶と十二災害

 とあるビルの屋上。


 もうすぐ四月を迎えるというのに、まるで二月の季節に逆戻りしたかのような冷たい風に、整えた髪を吹き煽られながら、通話を終えた千両寺冬也せんりょうじとうやは都会の風景を眺める。


 頭が煮詰まった時は、この屋上から風景を堪能することで、厄介な問題を片付ける糸口が閃くのだ。


 しかし、今回ほど難解な問題は初めてだ。


 将棋の対局のように、一手間違えるだけで取り返しのつかない状況になってしまう。全て最善――いや、正解の一手を導き出し続けなければならない。


 それができなければ、棋士たちは敗北だけで済まされるが、冬也はこの命が消えてしまうこととなるのだ。


「負傷した十一名、全員回収できた。だが、智樹は全身やけどを負っている。このままでは命の危険があるから、そのままDIF専門の病院へ連れていくそうだ。まぁ、すでに知っているだろうが、一応報告だ」


 十年来の親友、三谷勇気みたにゆうきからの報告を受けた冬也は、新しい情報を更新させつつ、彼の方へ向いてお礼を言う。


「報告感謝する。残念ながら、カイルが吹き飛ばされた場面が最後となってしまったから、その後はだ。彼は無事だったが、智樹はここで離脱か。雷の精霊の攻撃をまともに受けたから仕方ないな。むしろ、あの暴風を真正面から受けたのに、特に外傷もなく二人を追いかけようとしたカイルが化け物なのか」


 DIFとなった川本の娘に対抗して派遣した、魂・変化型のDIFだった灰山智樹はいやまともき


 オオカミ男となり、その強靭な脚力から生まれる素早さは、普通の人間と変わらない川本の娘程度ならば、簡単に確保できるはずだった。


 もし、失敗しそうになっても応援として、カイルを派遣したから必ず確保できると信じていた。


 が現れなければ――。


「ちょっと待て。見れていないって、バレたのか!」


 冬也から知らされた勇気は、驚きを隠せないでいた。

「ああ。DIFとなってから、一度も見破られたことはなかったんだが、今回初めてバレてしまったよ。一応、自然な感じで千メートルから盗み見ていたんだがな」


 冬也が拳を強く握った後、開くと手のひらにはすずめくらいの黄色い小鳥が乗っていた。この小鳥の視界と自分の片方の目の視界をリンクさせることで、小鳥が見ている景色を共有することができる。


 小鳥は最大千メートルまで飛翔することができるので、普通は気づかれることはないはずで、冬也はDIFとなってから二年間、一度も見破られてなかった戦術だったのだ。


「うわー、それをやったのはもちろん、川本の娘を護衛していた男だな」


「奴についてはすでに調べがついている。というか、血だまりのカイルを数百メートル吹き飛ばす風を操るDIFなんて、一人しか見つからない」


「誰だ?」


「ニューライトブルーシティー、の一人、”風害”《ふうがい》時田走矢」


「ちょ、ちょっと待て。どうして十二災害がこの東京にいるんだ。奴らはニューライトブルーシティーから出ないだろう」


 狼狽する勇気を落ち着かせて、冬也は困った様子を見せる。


「俺もさっき知ったんだが、時田走矢は一か月前からこの街に滞在していたらしい。目的は対DIF特殊部隊の代わりだそうだ」


「一か月前ってことは、俺たちが重要な取り引きをするため海外へ行ってた時期か。間が悪すぎるだろう」


「すでに終わったことを悔やんでも仕方のないことだ。敵が十二災害だとしても、俺たちの計画が変わることはない」


「それは分かっているが――」


 微妙な反応をする勇気だが、それが分かるから冬也もかける言葉が見つからないでいる。


 十二災害とはそれだけ、厄介なDIFなのだ。


 血気盛んなDIFたちがなぜ、ニューライトブルーシティーで大きな事件を起こさないのか。


 もちろん青山龍太郎を含めた四人のリーダーが、うまく統治しているお陰であるが、もう一つ別の要因が存在している。


 それは各エリアに絶対に触れてはならない強者がいるからである。


 彼らの力は一人一人が一騎当千と力を持ち、戦闘し始めると周りに存在するあらゆる建造物は破壊され、人工島の一部もかなりのダメージを負うことになる。


 まるで自然が猛威を振るったような戦い方をする彼らを、人は悪い意味を込めてと呼んでいる。


 呼ばれてる本人たちは、不名誉な称号だと思っているため、基本、自分のエリアから出ることはなく、なるべく干渉しないように努めている。


 しかし、彼らが一度戦闘しそうになると、一気に緊張状態が起こり厳戒態勢がしかれる。そして、運悪く十二災害同士の戦いとなった場合は、青山龍太郎や他のリーダーたちが動いて収めるようになっている。


 ちなみに十二災害は己のDIFとしての能力であだ名を決められており、時田走矢は“風害”と呼ばれている。


 そんな奴らを相手にしないといけないのだから、一介のDIFである二人にとっては台風に突っ込んでいくようなものである。


 つまり絶望ってこと。


「考えても答えは出ないな。なら、俺は飯でも食いに行って英気を養ってくるわ」


 そう言って勇気は屋上から出ていった。


「相変わらず緊張感のない奴だ。俺は喉も通らないというのに」


 一人残った冬也は、自由な青空を見上げる。


 だいぶ、計画に歪ができたが、最早修正する時間はなく、このまま進むしかない。

 川本みなとにあの現場を撮られた時点で、遅かれ早かれこの事態は避けられなかった。


「本当に厄介な存在だな……時田走矢。だが、このままやられている俺ではないぞ」


 冬也は小鳥を真上に投げると、小さな羽を羽ばたかせて空を飛ぶ。


「さぁ、行くのだ!」


 その言葉を合図に、小鳥は大空を駆け抜けていく。


 その姿を眺めながら、冬也は不敵に笑うのだった。

 

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