第10話 油断大敵
『日本へ行ってこい』
「――――」
『どうせ、何も決まっていないのだろう。なら、俺様の言う通りにしてみな』
「――――」
『退職するお前への俺様からのプレゼントだ』
「――――」
『そこへ行けば、お前を満たしてくれる強者と戦えるし、その体に刻まれた呪いを解けるかもしれない』
「――――」
『頭のネジが飛んだ奴がある計画を立てていてな。何でも、ニューライトブルーシティーの市長に喧嘩を売りにいくんだと。その兵隊が欲しい。そう、お前だよ』
「――――」
『二つの組織からも失敗した奴らが行くってんだ。お前も行くしかないよな』
「――――」
『おう、楽しんで来い』
「……空が綺麗ですね」
目を開けると、澄み渡る青空が飛び込んでくる。
どうやら少しだけ、意識を飛ばしていたようだ。
「ふふふ。意識を失ったのは久しぶりですね」
男が暗殺組織に加入した五年前よりもさらに前、まだDIFになりたての頃に片っ端から勝負を挑んでいた、血気盛んなあの時の自分以来だ。
「それにしても、私としたことが相手の力量を見誤るとは思いませんでした。反省ですね」
事前情報では、ターゲットである少女が雷の精霊と契約して、新たなDIFになったということだけだった。
精霊型は契約する精霊の格によって、強さが極端に変わる型である。高位の精霊ならば、その強さは計り知れず、逆に低級の精霊と契約した場合は蔑まれ、他のDIFから食い物にされてしまう型。
しかしそれは精霊の本質を知らない未熟者の考えで、実際は低級精霊も契約した人間と共に成長し、やがて強大な力を得る素質がある。さらに低級精霊であっても、炎と雷は殺傷能力が高く、一歩間違えば命を奪える強さを持っている。
少し興味が湧いた男は、気持ちが高ぶるのを感じながら、地図を頼りに住宅街を進んだ。
目的地が近づくにつれて、アスファルトやブロック塀が焦げ、その傍で倒れている仲間が多くなっている。彼らはみな一部の衣服が焦げた状態で倒れており、人を失神させ尚且つ衣服の一部を燃やしている。
このことから、少女が契約した雷の精霊、低級ではなく中級ぐらいの強さがあると推測できる。
「楽しみですね」
久しぶりに命のやり取りができる相手と戦えるとあって、意気揚々な気分のまま彼らの場所まで辿り着いた男は、ターゲットの少女を注視する。
なるほど、契約している雷の精霊の影響か、荒々しく触れると火傷しそうな気配を放っている。右側で倒れている一人が、漫画でしか見たことない焦げ方をしていることからも、かなり強力な電撃を使うようだ――というか、彼の体から煙が燻ぶっているが、生きていますよね。
「さぁ、その彼女の実力がどのようなものか、試して……⁉」
男が少女の力を試そうと一歩進もうとしたその時、彼は初めて少女の隣に立つ若者の存在を認識した。
「これは……」
改めて若者を観察しても、彼からは何の気配も感じられなかった。
例えるなら風が止み無風状態となった凪のイメージだ。
あの若者は人間だろうか、と一瞬考えたものの、右側のブロック塀が破壊されているのを見れば、それは間違いだと気づく。
今までの情報を照らし合わせる限り、少女の力はあくまでブロック塀を焦げさせるだけで、破壊できる力はないはずだ。となると、必然的にあの若者ということになる。
「おもしろい」
興味が少女から若者に移った男は、彼の実力を知るために気取られない程度の殺気をぶつけようとした時、タイミング悪く彼と目が合ってしまった。
「何か用かな?」
男はとりあえず、それらしい理由を言いながら、今度こそ感じ取られるギリギリの殺気を放つ。
「彼らを引き取りに来た者です。このまま警察に捕まえられても困りますから」
「つまり、私たちには危害をくわえない、と」
「もちろんです。彼らを簡単に倒したあなたと戦っても、この先の未来は分かり切っていますからね」
もちろん、あなたたちが私にやられる未来ですが――。
若者は少し考えてから、ここから去る選択をしたようだ。
「そうか。では、私たちは去ることするよ」
「ご理解いただきありがとうございます」
彼らはそう言うと、無防備な背中を男に晒して、そのまま去っていくみたいだ。
ふむ。
てっきり、何かしらのアクションを起こしてくるかと思っていたのだが――。
期待から失望感へと変わり、興味を失った男が邪魔な若者に攻撃を仕掛けようとした時だった。
「ただ一つだけ言わせてもらえるかな?」
「なんなりと」
「さっきからなぜ、私に向けて鬱陶しいぐらいの殺気を浴びせてくるのかね」
やはり気づいていた。
男は歓喜しながら、自身の獲物を取り出して、若者の力を試した。
結果は御覧の通り。
膨大な風によって、ブラッドファングは飲み込まれ、自分もそのまま遠くの場所まで飛ばされてしまった。
何とか抵抗してみたものの、両足は地面に触れることは叶わず、刀は風圧で落としてしまい、どうすることもできない。
さらに追い打ちをかけるように、風の影響で呼吸ができず意識がゆっくりと遠のいていく。改めて膨大な風の前には人間の力など何の意味もないということを思い知らされた。
今回の敗因は油断――その一言に尽きる。
ここはニューライトブルーシティーではないから、自分以上の強者はいないと高を括った結果がこのありさまだった。
あの若者は少なくても、この東京にいていい人間ではないはずだ。
もしかしたら、ニューライトブルーシティーの――ここで考えても答えが出ることはない。
男は立ち上がり、汚れたコートをはたいて砂を落とす。
「ふう。おや、電話ですか」
スマホの画面には、今回のボスの名前があった。
「もしもし、社長ですか」
『――――』
「ええ。私は大丈夫です。すぐに彼らを追って……えっ、中止ですか。それはなぜ?」
『――――』
「なるほど。そういう理由なのであれば、社長の指示に従いましょう」
『――――』
「ええ。それでは」
通話が終わりスマホをポケットへしまい、男は帽子を深く被って歩き出す。
「あはは。ダック・カットの言う通りでした。まさか、ニューライトブルーシティーでも屈指の実力と会えるとは……。次に会うのが楽しみですね」
男の名前は、カイル・ウエストショア
血だまりのカイルと恐れられている暗殺者である。
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