第9話 謎の男性

「これはまた……おーい、生きってっか!」


 倒れた男に駆け寄り、状態を確認する。


 体中から煙がくすぶり、肌がただれ、不快な臭いが鼻をつく。


 もしかして死――。


「あ……あ」


 口から微かにうめき声が聞こえてくる。


 酷い傷ではあるものの、辛うじて死を免れたようだ。

どうやら、オオカミ男に変化していたことで、人間の時よりも体が頑丈だったことが功を奏したのだろう。


 運のいい奴だ。


 あれだけ煽ってくれたんだ。


 そのまま天国まで飛んでいけばいいのに。


「あの……時田さん、その人は大丈夫ですか?」


 ももの心配そうな声が背後から聞こえる。


 自分を襲った相手の安否を気遣うとは、心の優しい子だね。


「生きているから安心しな。まぁ、命を助けてやるほどの義理はないから、このまま放っておこう。もしかしたら、誰かが助けてくれると思うよ」


 まぁ、十中八九、警察だろうけどね。


 ももたちが逃げてきた方角を眺めると、彼女の精霊が派手に暴れまわった影響で、焦げた道路とブロック塀から微かだが煙が立ち上っている。さらに、攻撃である雷を使用するたびに派手な音が轟いていたから、近隣住民が今頃警察へ連絡している可能性が高いからだ。


 あとは警察に根掘り葉掘り聞かれた後は、暗い監獄で苦しむといいさ。


「それが聞けて安心しました」


(だから言ったじゃない。殺さないよう手加減するって)


 声が聞こえる。


 その声の主は、ももの頭上でだんだんと形作っていくと、可愛らしい四枚の羽に、紫のドレスを纏った高貴な印象が伺える精霊が現れる。端正な顔立ちではあるが、目つきが鋭く腕を組んでいる彼女からは、高飛車な雰囲気が漂っている。


「その子がももちゃんの契約精霊だね」


(トネールよ。どうやら、ももが信頼しているから私も信用してあげるわ)


 だから姿を見せてあげたのよ――という声が聞こえてきそうな態度だ。


 性格が正反対のももとは、いろいろと大変になる気がする。


「それはどうも。出会った時にも言ったけど、二人には色々と訊きたいことが――」


『ぐう~~~』


「あっ」


 もものお腹から、可愛らしい音が鳴り、彼女は恥ずかしそうに自分のお腹を押さえる。


「す、すみません。朝から何も食べてなく……」


 スマホの時間を確認すれば、ちょうど十二時だ。


「決まりだ。近くのコンビニでご飯を買おうか。ただ、私がこの地域に詳しくないので、先導はお願いしてもいいかな?」


「任せてください!」


 今日初めて見せた笑顔。


 爽やかな微笑みとその目に宿る強い意志。これらを曇らせないよう頑張ろうと、走矢は静かに誓う。


「じゃあ、さっそく――」


「どうかしま……誰でしょう?」


 走矢が睨みつける方向、つまりももが逃げてきた道に、一人の男性が音もなく立っている。


 黒のロングコートとフェルト帽子、さらに手袋までしている姿は明らかに怪しい。


「何か用かな?」


 走矢が大声で尋ねると、ゆっくりと両手を上げて交戦の意志はないとアピールしてくる。


「彼らを引き取りに来た者です。このまま警察に捕まえられても困りますから」


「つまり、私たちには危害をくわえない、と」


「もちろんです。彼らを簡単に倒したあなたと戦っても、この先のいますからね」


 自分の目的は彼らを助けることで、走矢と戦闘するのが目的ではない。


 だからここは引いて欲しい、と言っているようだ。


 なるほど、非常に魅力的な提案だ。


 こちらとしても、警察と関われば川本事件のことを、根掘り葉掘り質問されることが目に見えているので、できれば接触はさけたい。


 ここは彼の提案にのって、この場から立ち去ることが最善である――。


「そうか。では、私たちは去ることするよ」


「ご理解いただきありがとうございます」


 右手で帽子を外した男性は、深く頭を下げてくる。


「ただ一つだけ言わせてもらえるかな?」


「なんなりと」


「さっきからなぜ、私に向けて鬱陶しいぐらいのを浴びせてくるのかね」


 男性の目が一瞬だけ大きく見開いた直後、紳士的な態度から一転、不敵な笑みを浮かべた男性は、右手をコートの中に入れ何かを取り出す。


 それは美しく日本刀。


「ふふふ。勘のいい人は、好きですよ!」


 そう言いつつも、彼の日本刀から目に見える程凝縮された真っ赤なオーラが、纏わりついている。


「あ、あれ何ですか⁉」


「少し下がっていなさい」


 驚くももに指示を出して、走矢も攻撃の準備を始める。


 相手がオーラを自在に操るオーラマスターならば、こちらも手加減をしている場合ではない。


 左腕を伸ばし、右拳を開いた左手にこすりつけるように大きく引き絞る。それはまるで見えない弓を引いているみたいな動作だ。


 そして引いた右拳に緑色の風を圧縮させた球体が設置する。


 攻撃の準備が整った二人は一瞬互いを見つめ合った後、


「切り刻め、ブラッドファング!」


 男性は大きく振り下ろすと、真っ赤なオーラだけが刃となって飛んでいく。放たれたオーラはまるでトラが口を開けているような形となって襲う。


宝弓ほうきゅうの三、しおかぜ」


 弦を放すと矢が飛んでいくように、拳を突き出して緑色の球体を発射させる。


 こちらは少しずつ球体に亀裂が走り出していき、相手のオーラと接触する瞬間砕け散った。


 砕け散った瞬間、鼻で笑う男性の顔が映る――がすぐに表情が一変する。


 圧縮されていた風が狭い球体から解き放たれ、中にあった膨大な風が竜巻のように周囲の物を飲み込んでいく。それは男性の放ったオーラも例外ではなく、あっという間に飲み込まれて消えてしまった。


「何だと⁉」


 膨大な風はそのまま驚愕している男性も飲み込んで、遠くの方へ飛ばされていった。


「少しやり過ぎたが問題ないだろう。ももちゃんとトネール、早くここから立ち去るよ。今の攻撃で警察も気づいたはずだから」


 ボケっと見ていたももの背中を押しながら、走矢たちはこの場を後にする。


「っとラディ!」


(すでに完了しています)


「ナイスだ」

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