第8話 再会

「ふう。あとちょっとだな」

 

 自販機で買ったお茶を飲みながら、小休憩を取る。


 さすがに一時間ノンストップで歩けば、足腰が疲れてしまうのも致し方ないというもの。決して、とか、が原因なのではない――と思いたい。


「しかし、こんな場所があるとはね」


 常に喧噪の場が存在する東京しかないと思っていたが、ここまで閑静な空間が支配する住宅街あるとは知らなかった。毎日時間に追われる中心街とは違い、この場所だけ時間が緩やかに進んでいるのでは、と錯覚させられる。


 たまにはこういう静かな場所を歩くのもいいものだ。


「おい、早くしろよ!」


「待ってよ!」


 十字路から子供たちが、何かに追い立てられるかのように必死で走り去っていく。


「ふむ。鬼ごっこでもしているのか?」


 目を閉じれば浮かんでくる友人との闘いの日々。


 滑り台を上ったり、シーソーを跨ぎ、生い茂る草に隠れ、運動場を全速力で駆け抜ける。鬼になるのが嫌で必死に逃げ、時々わざとタッチされ鬼となって追いかけまわす。


 素晴らしき青春の一ページだ。


 次々と浮かんでくる懐かしい思い出に浸るのも悪くないが、今は仕事を優先させる――それが大人というものだ。


「さてと、休憩を終わりますか」


 飲み終えたお茶をゴミ箱へ捨て、地図に従い十字路を右へ曲がろうとした次の瞬間、


「うごっ⁉」


「きゃっ⁉」


 可愛らしい悲鳴と共に、走矢の脇腹に衝撃と激痛が走り、そのまま自動販売機まで飛ばされる。


 デ、デジャブ。


 脇腹を抑え苦悶の顔で、ぶつかってきた相手を見て走矢は思わず声が出る。


「また、君かね」


「いたたた、って、あ、時田さん⁉」


「厄介な人だよ。君は私に会うたびに、攻撃しないとすまないのかね? 川本ももちゃん?」


 怒りを押し殺した声でぶつかってきた相手であるももに尋ねると、彼女は初めて出会ったあの日と同じく苦笑いを見せる。


「あはは、お久しぶりです」


 尻もちついているももを立ち上がらせた走矢は、彼女を見て違和感を覚える。


 紺色の上着を腰に巻いて、長髪をポニーテールにして邪魔にならないようまとめている。そして彼女の額にはうっすらと汗が滲み、肩で息をしている。


 まるで何かから全速力で逃げているようではないか。


「言いたいことは色々あるが、今は一つだけ。何があった?」


「実は……あ、危ない!」


 ももの叫び声と同時に、嫌な気配を感じた走矢はその場から飛びのいた。


 バリバリ


 何かが弾けるような音が聞こえ、走矢の立っていた場所に紫の光が通り過ぎる。


「何だ⁉」


(紫電)


 走矢の耳にラディの声が届く。


「紫電……雷の攻撃だと⁉」


 反射的にももが来た道路へ顔を向けると、もうスピードで迫る何かが不規則な軌道の紫電を周りに散らしながらやってくる。


「今度は何だ⁉」


 紫電に触れたコンクリートや道路が焦げている。あの紫電の凄まじい威力は危険と感じた走矢は、舌打ちをしつつ飛んでくる紫の光を何とか避けながら、後ろへ三歩ほど離れ状況を確認する。


「やめて、!」


「トネール? まさか――」


(精霊です。攻撃手段からと思わますが……どうやら若い精霊のようです)


 ラディが淡々と事実だけを告げる。


 敵意を露わにしている精霊の姿は他人には識別することはできず、走矢の目には紫色の光が飛んでいるようにしか見えない。だが同じ精霊であるラディには、トネールの姿がはっきりと視認できているらしい。


 ラディ曰くどうやら若い精霊とのこと。


 そのトネールはももと走矢の間に割って入り、彼女を守るように威嚇の紫電を周りに放電する。


 軌道の読めない紫電は道路、コンクリートブロック、電柱を削り焼いていく。さらには、空を飛んでいたカラスにも直撃、全身を痙攣させながら地面へ落下した。


 雷の精霊、トネールという名前、そして絶対にももを守るという強い意志。


 これだけの材料があれば、ももに起こった一つの答えに辿り着くのは簡単だ。


「そうか。DIFになったのか。それも精霊型に」


 DIFには現在大まかに三種類に分けられている。


 その中でもっとも多いのが精霊型せいれいがたと呼ばれるDIF。


 特徴としては契約することで、精霊の持つ能力を使えるという点である。


 精霊はいろんな場所に存在し、好奇心旺盛で興味を持った人間の前に現れて、そのまま契約してDIFすることが多い。


 どういう経緯で精霊と契約したのかは分からないが、あの雷の精霊はももと契約したのだろう。


 しかし――。


「力の制御はできていないか」


 先ほどからももが精霊トネールに向けて何かを言っているのだが、彼女の意思に反して紫電は範囲広げているように見える。


 走矢が近づこうものならば、紫電の槍が飛んでくるだろう。


 ここまで殺意を隠さないのも珍しい。


 精霊トネールにとって、ももに近づく者は排除対象となっているようだ。となれば、精霊トネールと契約をした時、彼女は襲われていた可能性がある。


 そして出会った時のももの状況から考えると、現在進行形で襲われているのでは――。


「あそこだ! 早くしろ!」


「今度こそ、捕まえてやる!」


「やっぱりか!」


 ももや精霊トネールが来た道から、物騒な言葉を叫ぶサングラスをかけた黒スーツの男たちが二人現れた。


 怪しさ満点の奴らが現れた直後、その奥から二階建ての家を軽く飛び越える二つの影は、右ブロック塀の上へスマートに着地。左のブロック塀には、体操選手の如き空中で美しく回転しながら、華麗に着地した。


「見つけた! もう逃がさねぇぞ!」


「大人しく来てもらおう、川本もも!」


 太陽光に反射して輝く鋭い爪、全身を灰色の体毛で覆われ、二階建ての家を軽く飛び越すことのできる脚力。


 世界の妖怪図鑑で必ず出現する、満月を見ると体が変化する妖怪、オオカミ男が涎を垂らしながら、真下で見上げる獲物を見下ろす。


「DIFだと⁉ 精霊トネールの殺意の理由はあいつらだったのか」


 精霊トネールの切羽詰まった状況の理由が分かったものの、現状走矢は動くことができない。ももが必死で説得を試みてくれているが、精霊トネールには善悪の区別ができないため、ももに近づく者=敵と思い込んでいるのだろう。


 とりあえず、様子を見るしかないな。


 精霊トネールからと認識されている以上、迂闊に動けば攻撃されてしまう。ここはももを守れるよういつでも動ける用意はしつつ、現れたDIFを注視する。


 東京では一ヵ月前にバラバラにして以来の魂型たましいがた。その中でも変化型へんかがたと呼ばれるDIFたちだ。


 DIFでは二番目に多い魂型。


 この型には三つの形態が確認されている。


 多い順に身体が異世界の住人たちの姿する魂・変化型。

これは主に幻生界の住人たちと貸与をする。


 次に異世界の住人たちの能力と、たましい憑依型ひょういがた


 遥か高みから全てを見通し、彼らを守護するために自身の力を付加させる神世界の住人たち。


 そして希少ではあるが時間の制約はあれど、異世界の住人をこのたましい召喚型しょうかんがたである。


 これは幻生界と神世界に住む中でも、絶対的な力を持つ住人たちが当てはまる。


 どれもうまく使えば強力な力とは言え、魂・変化型はどうしても異世界の住人の能力に左右されるので、精霊型と同様当たりはずれが多い印象である。


 さて今回の敵を観察していくと、右のオオカミ男は灰色の体毛だが、左のオオカミ男は真っ黒な体毛だ。もしかして契約している住人は、同じ種族なのだろうか。


 ともかく、ニューライトブルーシティーならまだしも、一ヵ月いて初めて出会った魂・変化型の登場は驚きしかない。しかも、見た感じでは彼らは組織的に動いている気配がある。走矢の知らないところで、何か大きな事件が動いているような気が――。


「おい、そこの。死にたくなければ、今すぐここから立ち去れ!」


「そうそう。ここからは、選ばれし者だけが残れる神聖な場。ただのは、さっさと退場しなさい」


「あっ‼」


「……はぁ?」


 ももの『あっ、言ってしまった』の気持ちが込められた顔が見える。彼女も走矢にその言葉を口にして、圧を浴びせられた経験があるから、その時のことを思い出したのかもしれない。


 しかし、今の走矢は暴言をはいた愚か者へ視線が向いていた。


 じじい、おっさん――こっちはまだ三十路にもなっていない


 無礼なDIFたちの処遇を頭の中で行っている内に、状況が動き出していく。


「さて、覚悟してもらおうか」


 二十八歳のうら若き青年――と思っている男――に向けて、じじい呼ばわりした灰色のオオカミ男が、ももへ向けて襲い掛かる。当然、精霊トネールは彼女を守るため反撃。紫の雷を操って、不規則な動きで相手に読まれないよう迎え撃つ。


 だが、灰色のオオカミ男は、空中を蹴ってジグザグに動くことで全ての雷を紙一重で交わしていく。


「さぁ、少し眠ってもらおうか」


 両手の爪を伸ばした灰色のオオカミ男が、ももへその刃を振り下ろそうとしたその刹那、


「ギルティじゃ、ボケ野郎!」


 怒りに満ちた形相で絶叫した走矢が、灰色のオオカミ男の無防備な脇腹へ強烈な蹴りを喰らわせた。


「ゲコッ」


 カエルのような鳴き声を口にしたオオカミ男は、そのままブロック塀を一つ、二つと突き抜けて、反対側のブロック塀にめり込んだ。


「「…………」」


 一体何が起こったのか分からず、走矢と彼の力を知るももを除いた三人が口を開けたまま呆然としている。


 時間にして十秒が過ぎた頃、止まっていた場の時が動き出す。


「「あ、兄貴!」」


 スーツ姿の男二人は、めり込んだオオカミ男の無事を確かめるため、情けない声を上げて走る。


「う、嘘だろう。お、俺たちはラン――」


「黙れ! 次はお前の番だ。ギルティ野郎その二」


 狂気じみた視線を投げながら、冷徹な声音で告げた。


「お、俺が、ギルティ⁉ いや、それよりも、おっさん何者だ? どうしてその女を庇う?」


「その女を庇うだ? 理由を訊きたがる余裕があるとは、生意気だな」


 垂れ下がった左腕を水平に振り向くと、緑色の刃がブーメランのように回転しながら、気絶したオオカミ男を起こしている無防備の二人の背に飛んでいく。


「お前ら避けろ!」


「遅いわ!」


 走矢の言葉通り、オオカミ男の警告よりも早く緑糸の刃が二人の背中を直撃。


「「ぐえっ」」


 激痛で変な声を上げた二人の悲劇は終わることなく続き、直撃した刃はあろうことか一瞬で膨らみ破裂。二人は破裂した直後に発生した風の勢いに抗うことができず、そのまま吹き飛びブロック塀へ頭から叩きつけられ、糸が切れたマリオネットのように力なく倒れた。


「う、嘘だろう」


 あまりにも違い過ぎる戦闘力を目の当たりにしたオオカミ男は、数分前の強気な態度は見る影もなく、顔を真っ青にして呆然と立っていた。


「ふん。これで詰みだ」


 走矢は右手でフィンガースナップをすると、それは姿を現した。


「宝縛(ほうばく)の三、風見鶏かざみどり


 オオカミ男の両腕、両足、そして首に緑色の鎖がすでにはめられている。


 あれでは身動きが取れない。


「な、何だよ、これ?」


 はっきり言って、ニューライトブルーシティーの住人ならば、使ってもすぐに壊されるし、時間稼ぎにしかならない技であるが、格下相手であれば絶対に抜け出せない強力な捕縛技となる。


「ここで貴様を倒すのは簡単だが、その前に色々と訊きたいことが――」


 オオカミ男へ走矢が質問をしようとしたその時、背後から轟音が鳴り響き紫の雷撃が何本もオオカミ男の胸を貫いた。


「があっああああ」


「…………はあ?」


 話を訊き出そうとしたオオカミ男が、絶叫しながら感電していく。


 まったく予想できなかった事態に、走矢は口を半開きにして呆然とその光景を眺める。


 その間にも瞳は白目、口から白い煙を吐き、激しく痙攣をしていく。


 やがて、貫いた雷が体から消えると、オオカミ男は力なくブロック塀から地面に仰向けで落っこちた。その後、能力が解除されたようで二十代の人間へ戻った。

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